第2話 ホステスとの不倫のてん末
静奈は号泣しながら
「実は、私もママもそんないい人間じゃないの。
だって、私はママと共謀して、父親の浮気相手にいやがらせしてたもの」
いわゆる不倫か。千尋は思わずため息をついた。
不倫で幸せになる人は一人もいない。当人同志だけでなく、お互いの家族まで不幸が降りかかる。
だいたい誘ってくるのは男性の方であるが、最初は女性なら誰でも、家庭ある男性をいくら好きになっても結ばれないことは、50%以上承知の上なので、躊躇する。
しかし、対等の立場ではなく、自分の都合に利用しようとする男性に限って、必要以上に女性にやさしくし、女性の心をつかもうとするのは、古今東西、いくら時代が変わっても不変である。
千尋は不謹慎だと知りながら、思わず静奈に聞いてしまった。
「本で読んだけど、だいたい不倫相手というのは、自分のいうことを聞いてくれる部下のケースが多いというわ。しかしこの場合は、金銭に負担がかからない。
しかしそれが、繁華街のクラブホステスだというと、とにかく大金をはたくことになる。奥様も最初は、ホステス相手の遊びだからと割り切るが、家庭の金を持ちだし、家計は火の車ということになると、家庭崩壊につながるわね」
静奈は、まじまじと千尋を見た。
「まるで見てきたように、知っているのね。
その通り。父親はホステスに大金をつかうようになり、生活費にまでひびくようになったわ。
しかし今になって思うと、ママは父親をダメ呼ばわりするだけで、リスペクトすることはなかった。
当時のママは、スーパーでレジをしていて、帰宅すると家事が待っていたんだもの。小言の一つも言いたくはなるわ。
だから、私、中学のときから家事は、一手に引き受けていたの」
千尋は思わず答えた。
「そういえば、今は結婚の条件として、男性も家事分担することが条件だというわね。それも細かく決めておくこと。
たとえば月曜日は居間の掃除、水曜日はトイレの掃除、土曜日は風呂場の掃除というように。
また、奥さんが倒れたときのために、最低限の料理をつくれるようにしておくことも大切ね。
そうしないと奥さんの家事負担が増えるだけだし、ご主人も不平不満ばかり奥さんに嫌気がさして、つい甘いお世辞を言ってくれる着飾った女性に浮気ということになってしまうわ。
浮気とは不倫というのは、非日常のものであると思うの。
お酒の酔いに逃げるように、非日常の楽しみに逃げるというのは、よくあることよ。まあ私の場合は、神に祈ることにしているけどね。
ちなみに男性が年収一千万を超えると浮気の率も増加するらしいわ。
年収一千万円の男性は浮気率が一割、二千万円は二割、三千万円ともなると浮気率はなんと三割以上になるというわ。
そうなると、帰宅する回数も減っていくという。
まさに聖書の御言葉通り
「人は神と富とに兼ね仕えることはできない。どちらかに仕え、もう一方を憎むからである」(マタイ6:24)」
静奈は千尋を見上げるように言った。
「苦しいときの神頼みというが、神に祈ることができるなんて、人間にだけ与えられた素晴らしい特権ね。
恥を忍んで千尋に告白しちゃうわ。でも、私のこと、嫌いにならないでね」
千尋は思わず身を乗り出した。
静奈は、頬を紅潮させて言った。
「あれは、猛暑の季節だった。父は酒の匂いをさせて帰宅してきたの。
今までのような日本酒ではなく、ブランデーの匂いだったわ。
母は、父が浮気をしているとピンときたらしい。
端の四隅の丸まった水商売特有の名刺には、すずかという源氏名が記されていたの。問い詰めてみると、父はすずかというホステスと一夜の過ちをおかした挙句、すずかは出産すると言い出したらしいの。
父は、すずかにDNA鑑定を依頼したわ。その費用25万円もかかるのに、すずかは鑑定した結果、父の子供ではないということが判明したの。
それもその筈。父はパイプカットしていたからね」
千尋は思わずため息をついた。
不倫というのは、大金がかかるんだなあ。
静奈は話を続けた
「母は嫉妬心に燃えたの。がぜん強気にでて、すずかに「不法行為慰謝料として250万円、弁護士費用が50万円を請求したの。
私もそれに協力してね、母親とかわるがわるすずかの店のオーナーママに
「あなたの店は家庭を壊す人殺しを雇ってるんですか」
「家庭を壊すシロアリ女」という電話を毎日かけたのよね」
千尋は呆れた顔をして
「どうしてそこまでするの? いくら不倫相手だといってもやりすぎじゃない」
静奈は、当然のように答えた。
「それは、すずかが出産すると言い出したからよ。
それを阻止するための防御策として、したことにすぎないわ」
千尋はまるで迷路に迷い込んだような、複雑な心境になった。
静奈のしたことは、ある意味では脅迫であるが、自分の父親を取られるような気がしたのだろう。
また浮気により自分の母親を傷つけた、敵のようなホステスを見過ごすわけにはいかない。
誘ってきたのは、自分の父親であるが、受け入れたのはホステスすずかである。
脅迫、恐喝されたのでもなく、チャージ料だけで八万円もする店に入り浸った挙句、ホステスと深い仲になった父親に原因があるということはわかっていても、身内びいきするのが娘である。
子供はよほどの落ち度がない限り、産みの母親の味方をするものである。
静奈は話を続けた。
「結局、すずかは父親との子供を出産したわ。といっても、店のオーナーママからも店の信用に関わると反対されたが、それを押し切って出産したの」
千尋は答えた。
「緊急避妊薬ノルレボは使わなかったのね。
あれはアフターピルであり、今は未成年でも薬局で買えるし、薬剤師の承認さえあれば、目の前で飲むこともできるのよ。
ホステスさんなら、そういう知識は当然詳しいはずよ。
それでも出産しようとしたのは、よほど、静奈の父親を愛していたからかな?
あっ、ゴメン。これは私の勝手な想像。ドラマの見過ぎかな?」
静奈は一瞬、考え込んだ。
「まあ、そうかもしれないわね。といっても、私にはすずかの気持ちを受け入れることはできないな。出産したいというのは、女性の本能かもしれないけどね。
父親は勘弁してと懇願したけれど、結局、すずかは一歩も譲らなかった。
法廷で争うところまでいった挙句、出産したわ。といっても恵まれた出産状態ではなかったけどね。
とにかくお金がかかるというわ。
まず平日午後5時から未明の2時までベビーシッター代 月40万円ほど。
買い物や家事など頼んだだけで、月10万円かかるというわ」
千尋はため息をつくと同時に、シングルマザーすずかに同情を感じ始めていた。
いや、すずかに限らずそういう立場にある女性に、痛いものを感じるようになった。
静奈は深刻な表情で話を続けた。
「また私の母親は「不法行為」で訴えたので慰謝料250万円。
その弁護士費用50万円、DNA鑑定代を請求したので25万円払わせたの。
なのに、法廷で争って得た養育費はわずか月5万円だったとか。
不倫って、お互い悲劇的よね。
お互いの家族まで巻き込み、幸せになる人は一人もいやしない。
それに、店で着る着物代は衣装代として店の経費で落ちるけど、ベビーシッター代は経費で落ちないのよ」
千尋と静奈は、口を揃えて言った。
「まったく不倫って損ねえ。でも無くならない」
静奈は、話を続けた。
「こんな話も聞いたことはあるわ。
大企業の部長である父親がクラブで相当な金を散財したことが発覚したとき、奥さんは、なんと彫刻刀をもってクラブに乗り込もうとしたのよ。
彫刻刀のように刃渡りが短かったら、銃刀法違反にはならないでしょう。
あっ、もちろん木彫りの人形をつけてね。
そうすれば、警察沙汰になっても木彫り人形をつくってたという言い訳が成り立つものね」
千尋は驚いて言った。
「そんな事態になっても、強行して産んだとしたら、子供はどうなるかな?
愛情をいっぱい注がれなきゃ、不公平な気がするな。
だって、子供は親を選べないものね」
このセリフを言ったあと、ふと千尋は尋ねた。
「そういえば、私たち小学校六年のときの同級生だった、田代結衣さんはどうしてるかな? ほら、有名反社組長の子供だった子よ。
田代さん自体は、決して悪い子じゃなかったけど、子供は親を選べないの通り、反社組長の長女だというだけで、いじめにあってたじゃあない」
静奈は答えた。
「白状しちゃいます。黙ってたけど、実は私、父親の不倫中に一週間、田代さんの家に泊めてもらってたのよ。
といっても、田代さんの実家であるあの有名な田代御殿じゃなくて、田代さん個人が住んでいたワンルームマンションだったけどね」
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