第四十三帖 紅玉「風邪をひきました」
金紅神隠し事件の気苦労も祟ったのでしょうか、紅玉君はお風邪をおひきになり、床に伏せってしまわれました。
「わたくしのせいです……」
「まあ、まあ、そうお気に病まず。
お母様はきっと、金紅が更に勉学に励めばもっとお喜びになると思いますよ。
それこそ医学の勉強でもなさっておけば、今後こういうことが起こった時にお力になれるわけで、一石二鳥ではありませぬか。
というわけで、回復なさるまでは、柘榴ともども檸檬先生の
「はい、お父様」
子供達は、自身の母の調子が悪い時は、他の妃の誰かの殿舎で面倒を見ていただくことが、すっかり習い性となっております。
「お身体の方は如何ですか?」
「灰廉様……
お風邪をお移しになっては申し訳のうございますし、国家の損失にございますよ……
このようなことは女房たちの仕事です故」
「なにを仰られますか。
いくら女房がいるとて、風邪をひいている間じゅう、自身の愛妻の顔を一度も見ようと思わない男が、どこの世界におるのですか」
「お、御気持ちはとても喜ばしいのですが……
このような、化粧もせず汗に乱れた姿をお見せするのは、お恥ずかしゅうございます」
「その、病と闘うお美しい御顔を、扇子で御隠しにならないでくださいまし。
珊瑚君と翡翠君が作ってくださった薬膳粥が、用を成さないではありませんか。
御自分で御食べになるより、わたくしが食べさせた方が、よほど楽でございましょう?」
「あっ……
生姜と鴨肉の香り……」
「おや、よくわかりましたね。
鼻が利くということは、快方に向かっておられるというのは、まことにございましたか」
「はい、熱は下がりました
……しかしまだ鼻も万全ではありませんし、このように咳も……ケホッケホッ……」
わたくしにうつすまいと両の手で口許をすっぽりと覆う仕草が、なんとも健気で愛らしく。
「おや、お熱は下がられたのにそのように頬が紅いというのは、」
「えっ!」
紅玉君は慌てた様子で、懐紙で手を拭いてから、頬に掌を触れました。
「ま、まことですね……
えへへ……」
自身の愛妻の顔を一度も見ようと思わない男が、どこの世界におるのですか。
この言葉に、結婚九年の今でも、こんなにも照れてくださる。
その純真さに、こちらも頬が紅くなってしまいそうです。
「不思議なものですね、身体はまだまだ、内側からの冷えを感じますのに」
「左様にございますか?
寧ろ、汗をかかれているかのようにお見受けいたしますが」
「はい、衣も布団も重ねて、汗をかくことで病を追い出そうと努めてはいるのですが
……それでも、全体はあたたかくても、身体の内側の一部に風が吹いているかのような冷気を覚えるのですよ。
かつてはこのような感覚はありませんでしたのに、
「これこれ、貴女が今からそのようでは、同年代のわたくしも不安になってしまうではありませんか。
これから、手に手を取り合って、皇族を引っ張ってゆく世代ですのに」
「灰廉様……」
「そして、それは寧ろ、身体感覚が研ぎ澄まされて正確さを増した証でしょう。
そんな悪い冷気は、内側から生姜入りのお粥で追い出しましょう」
口を窄め、お粥に必死に息を吹きかけて冷ますわたくし。
よほどその光景が珍しかったのか、紅玉君は口許を覆ったまま凝視し、わたくしと目が合うと更に紅くなられました。
「さあて、もっと紅くなっていただきますよ、
あ〜ん」
「ちょ、ちょっと、」
「あれあれ、申し訳ございません、まだお粥が熱かったですか、お口の中は大丈夫にございますか、」
「いえ、お粥はちょうどよいのです、
た、ただ……」
「素直でよろしい。
病の人間が回復するには、健康な人間の『陽気』に触れるのが一番、なんて俗説もございますからねえ。
わたくしの陽気の息のたっぷりかかったお粥を、存分に摂取してくださいまし」
「あ、ありがとうございます……」
これで体内で悪さをする冷気とは、おさらばですね。
「しかし……
こう言ってはなんですが、わたくし生姜は『良薬口に苦し』といった味わいに感じられ、好んではいなかったのですが
……これは鴨肉と
「翡翠君と珊瑚君、そして慣れ親しんだお肉を届けてくださった御両親に感謝ですね」
「灰廉様、御自分をそこにお含めにならないのはわざとですかっ?!」
「そうやって貴女のお口から聞きたかったんですもの」
「もう……ほんとに!」
「しかし、さすがに汗をかきすぎですねえ。
衛生上よくありませんので、御着替えをいたしましょう。
お手伝いいたしますよ」
「なっ、なっ、なにを仰りますかっ!
病原菌まみれの衣服や布団を剥いでは、いよいよ風邪が移りますよっ?!」
「ふふっ、冗談にございますよ。
更に発汗作用があったようで、光栄です」
「本当に御冗談にございますか〜?」
「も、もちろんにございますよ、
寧ろ、どこに疑う要素が、」
い、いや……
いつものように、心許ない灯りのみの暗がりではなく、明るい所で、一枚一枚美しい衣を剥がしながら、つまびらかにされてゆく紅玉君の御姿をじっくりと確認できたなら
……きっと、衣が一枚剥がされるにつれ、彼女の白い頬も紅みを深めてゆくのでしょう
……ごくり……
「ほら、御冗談ではないではありませぬか」
「なっ……!
なんと意地の悪いお方だ!」
「ふふっ、発汗作用を促すためとはいえ、わたくしばかり赤面させられていては悔しいんですもの。
……全治回復したら、行いましょうね」
「よ、良いのですかっ?!
よーし! また祈祷師を呼びましょうぞ!」
「そ、そこまでせずとも大丈夫かと思われますが……
相変わらず活力に満ち溢れておられますね、灰廉様……」
「貴女がそのように相変わらず御可愛らしいからこそ、ですよ?」
この愛の炎で
なんと看病しがいのある御方なのでしょうか。
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