第四十二帖 菫青「悔しがれもせずに散った恋」
しばし待たされた後、
「皆様、いきなり姿を消してお騒がせいたしました、申し訳ございません!
は、恥ずかしながら帰ってまいりました」
学び舎に飛び込んでこられたのは、真っ赤に頬を染めた金紅宮と、父上と紅玉君
……そして、玻璃君ご一家でした。
「いえ、これは、確認を怠った、大人のわたくしどもの責任にございます!
てっきり金紅宮様は、宮中の大人の方のどなたかの許可を得てから我が牛車にお乗りになり、我が家にいらしたと思い込んでいたものですから!」
玻璃君の御両親が、深々と頭を下げました。
これにて一件落着
……という空気が流れておりましたが、わたくしは頭の中まで泡を食ったような感覚を覚えました。
「は……は……
玻璃君とふたりきりで牛車に乗り
……彼女の御邸宅に……?!
それは一体、どういう……」
「え、ええと……」
金紅宮が玻璃君の方を見遣ると、彼女も伝染したかのように頬を染めました。
もしや……
もしや……
「玻璃君の御邸宅にて、大切なお話をいたしまして
……まろ……いえ、わたくしと玻璃君は、
結婚を前提にお付き合いすることにいたしました」
「えーーーーっ!」
子供達のみならず、父上、紅玉君、先生方までもが思わず声を上げました。
「は、は、早すぎやいたしませんか……
勿論、その
紅玉君が蚊の鳴くような御声で申されました。
「え、ええと、それは……
ご本人の名誉のため、どなたかは申しませんが、
他にも玻璃君に想いを寄せている方がおられたので、うかうかしてはいられないと……」
「透輝宮!」
思わず掴み掛かりそうになるのを抑えて、彼を強く睨みました。
「えっ……あっ……ああ〜!
も、も、申し訳ございません!
まろが、玻璃君とお付き合いできました暁には乱暴に及びたい、と取られても仕方がないような発言をいたしましたので、金紅宮は焦ってこのような手段に及ばれたのですね!
し、しかし、それは比喩表現であり、本当に暴力を振るうつもりなど無きことをおわかりいただきたく、」
「ともかく!」
いつの間にかおじいさまが御姿を見せておりました。
「譲位一年前の大切なこの時期に、許可なく出歩き、宮中全体に大いなる心配をお掛けした金紅宮と、
比喩表現といえども、お嬢さんに乱暴をしたいなどと、著しく皇族の品位に欠ける発言をいたした透輝宮は、今回の皇太子候補から外させていただく!」
「はい……」
金紅宮と透輝宮は、しょんぼりとうなだれました
……が、わたくしは気付いてしまいました。
玻璃君が、乱暴の魔の手から速やかに自分を護ろうとした英雄を見る眼で、金紅宮を見つめていることに。
「でもまあ、金紅宮は玻璃君とお付き合いできるのですから、良いではありませんか。
まろは、ただただ皇位継承権を下げられただけにございますし。
まろの分も、玻璃君を大事になさってくださいよ」
「お任せください!」
金紅宮と透輝宮は、恋敵としての握手を交わしました。
それでもやはり悔しさを滲ませる透輝宮に、翠銅宮と緑柱宮が寄り添われました。
ああ……
いまさらながらに痛感いたしました。
皆、わたくしが透輝宮を咎めたのを、本気で真面目さの顕れだと思っています。
つまり、わたくしは、玻璃君への恋心を、聞かれてまでも認めず、誰にも気付かれなかったことで
……透輝宮のように失恋を堂々と悔しがる権利すら得られぬまま、金紅宮の凄まじい行動力に、なんとしても彼女を護りたいという強い思いに敗北したのです。
金紅宮は、只ならぬ男。
恋が決着しようとも、皇太子争いから脱落しようとも、やはり人間として好敵手なのです。
「皆様、お手数おかけいたしました、御捜索ありがとうございました」
まろ……いや、わたくし金紅が無事帰ってきたと聞いて、続々と戻ってきていた皆の母君たちや使用人たちに、父上は深々と頭を下げました。
「御安心してお戻りください
……金紅だけはわたくしの殿舎に来なさい」
ああ……
さぞかし、みっちりとお叱りを受けることでしょう。
「申し訳ございません!
父上はわたくしに期待を掛けてくださっていたのに、このような多大な御心配とご迷惑をおかけしてしまい、皇太子候補から脱落してしまって!」
ふたりきりになるや否や、勢いよく頭を下げました。
「いや、まあ、たしかに残念ではありますが」
父上は懐かしそうに目を細めました。
「……やはりわたくしの息子と、虎目君の娘さんだなあ、と。
あなたのお母様には、絶対に内緒の話ですが
……野分で虎目君のお宅に泊まった時に、わたくしと虎目君はお互い一目惚れで見つめ合い、
「えっ!」
なるほど……
父上が妙に方解殿にお優しいのは、後ろめたさからだったのですね!
「きっと、遺伝子からして惹かれ合うものがあるんでしょうね。
ですから
……正直、よくやった!
わたくしが叶えられなかったものを、金紅に叶えてもらった気分です!
皇位を逃してまで追いかけ、お付き合いに至れた彼女を、絶対に大事にして差し上げてくださいね?
わたくしはもう……後宮の七名もの女性を愛することを社会的に望まれ、すっかりその価値観に染まってしまい、だからこそ人様の妻にまでわかりやすく
……あなたは一途であることが美徳なのですから。
わたくしだけではなく、一途な紅玉君の血を引いているあなたなら、それができると信じます」
父上は寂しげに微笑みました。
この方は
……本当は、母上ひとりと愛し愛されたかったのかもしれない。
「はい!
もちろんです、お任せください!」
父上を、最も身近に感じられた日でした。
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