第四十四帖 灰廉「天皇に即位しました」

金紅きんこうの神隠し事件から一年後。

わたくし灰廉の、天皇への即位礼が行われました。

今日から「灰廉天皇」「灰廉帝様」と呼ばれるようになります。

国民への即位宣言はもちろん、神宮や天皇陵てんのうりょうへの報告で大忙しです。


皇太子の座には、順当に菫青きんせいが指名され、瑠璃君は念願の皇后となられました。

順当にいけば、国母ともなられるでしょう。

他の妃や宮たちを含む誰もが、彼と彼女の栄華をあたたかな拍手で称えているのを見て、わたくしは今更ながらに気がつきました。

本日から上皇となられる父上の妃選びは、(黒曜君を見抜けなかったのは痛恨とはいえ)ぶっ飛んだ人選のようで、実は合理性と理念があったのだ、と。


瑠璃君は史上の栄誉を得られれば、

珊瑚君は追求した美食で手堅い商売ができれば、

翡翠君は薬の研究ができ、色欲を満たせば、

黒曜君は最高の環境で着物作りができれば

(それにまあ……あれだけのことをしたのに穏便に暮らせているだけでも満足そうです)、

檸檬君は学びを極め、それを次代の蛇紋国を支える人材に広めることができれば、

琥珀君は多くの人々に親しまれ、支えられつつ絵画を楽しむことができれば、

そして紅玉君は……理想の相手と愛し愛されれば、

それで満ち足りる人間で、それぞれの利害が対立することがなかったから、多くの妃がいることが直接原因となる深刻な揉め事は、起こらなかったのだと。


思えば、大きな事件は常に、彼女らの間とは関係のないところで発生し、寧ろ彼女らのわたくしへの優しさと尊重、そして彼女ら同士の連帯感が問題を解決してきたのかもしれません。

黒曜君による暗殺未遂も、

大浴場に暴漢押し入り事件も、

虎目君が方解殿に蔑ろにされている問題も、

金紅の神隠し事件もそうでした

(翡翠君と父上の浮気疑惑も、黒曜君が嫌々ながら翡翠君のお相手をしてくださっているから未遂で済んだ……のかもしれません)。



「ふぅ……」

殿舎でひとり、ようやく一息つくことができたのは、夜がだいぶ深くなってからでした。


皇族を取り巻く風景も、この十年でだいぶ様変わりいたしました。

入浴時には、内側からつっかえ棒をするようになり。

鳥の粗相を防ぐために、皇居から川を下る船には屋根がつき。

倉庫には天河先生の『芸術的消化用土器』がずらりと並び、その部分のみが美術館のような様相を帯び、もちろん屋敷内にも配置され。

金紅神隠し事件から、皇居を出入りする者の検閲係を雇うようになり。

皇族御用達商品の充足で、皇族の人数が大爆増したぶんの費用を賄うことができ、寧ろ租税を一分1%減らすことに成功し。


このような時代に合わせた調節を、これからはわたくしが国単位で為すのです。

責任者として、国じゅうにおふれを出すのです。 

この身体の……ことに肩の重さは、疲れや、装束の重さのせいばかりではないでしょう。

先ほどまでは目の前の行事をこなすこと、姿勢を崩さず立派な姿を国民に見せることばかりを考えていて、さほどの実感はございませんでしたが、今日からわたくしがこの国の顔であり、元首なのです。

菫青のように、誰かと競って勝ち取ったわけでもないのに、最も偉い人間なのです。

事後承諾で妃を決めるわ、その妃と艶文を交わすわ、強欲だわ、人を見る目がないわと問題も多いけれど、今までは父上が矢面に立っておられたことで、精神的にわたくしを守ってくださっていたことを、ひしひしと感じます。



「灰廉様」

「ああ……

 こうした折にいらしてくださるのは、やはり貴女なのですね、

 紅玉君」

この晴れの日を祝ってくださっているかのような、鏡のような望月を眺めながら、彼女の肩を抱きました。

翡翠君との水没事件のあった、例の小川が遠くに見えます。 


「紅玉君……

 あの水路の脇には、楓の木が並んでおります。

 今の季節なら、ちょうど楓の葉が大いに積もり、川が紅の錦のようになっている美しき水模様が、この月明かりによって幻想的に拝めるはずです。

 他の皆さんは恐らくもうお疲れになって寝静まっておられるはずですし、今からお忍びで一緒に見に行きませんか」


「えっ」

紅玉君は装束と同じ色合いに、そして紅葉のように頬を赤らめました。

結婚して十年もの月日が流れても、未だにこのような初々しい反応をしてくださる彼女には、感謝しかございません。

七名もの妃に囲まれながら、わたくしを人間としても男としても一途に愛しているのが紅玉君のみであることを儚み、わたくしに何が足りないのかと思い悩んだこともありました。

しかし、仮に複数名がわたくしのことを彼女と同じように愛していれば、妃のどなたかが、焦りや劣等感といった深い憂き目に遭っていたわけで。

この状態が一番調和が取れていて、過不足がなく最良なのだと、今なら心から思えます。


「えっと、とても光栄なお誘いなの……ですが……

 それは明日の宵のお楽しみにいたしましょう。

 実は……


 灰廉様の栄達をお祝いいたしますために、皆で大宴会のご用意をいたしましたのです」

「まことにございますか!」



紅玉君に手を引かれて寝殿造しんでんづくり(宴会場)に入りますと、華やかに着飾った妃たち六名に、宵越しをしても咎められないことに興奮を隠せない御子達九名、万感の思いを湛えた父上、そしてここまで我々を支えてきてくださった女官や女房、侍従たちの満面の笑顔に出迎えられました。


黒曜君が考案したであろう新たな衣装で、瑠璃君が華麗に舞い踊り。

紅玉君の御実家から送られてきたと思しき豪勢な肉料理や、珊瑚君と翡翠君が共同考案した薬膳入り拉麺が並び。

檸檬君が書にしたためた祝いの言葉や、琥珀君が描いた皇族全員の似顔絵が張り出され。

ああ、やはり。

わたくしを男性として愛しているのが、紅玉君おひとりであろうとも。

これだけ皆に慕われ敬われ、栄華を我が事のように祝われれば、それで充分ではないか。

庭園の池に浮かぶ竜頭鷁首りゅうとうげきしゅの船から流れる雅楽を聴きながら、改めてそう思い、

大いなる幸せを噛み締めました。



             −已(おわり)–

              

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妙な女人達が後宮に送り込まれてきます あっぴー @hibericom

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