第四十一帖 菫青「金紅宮の神隠し?!」

わたくしの名は菫青きんせい

今日も宿題は殿舎でんしゃに戻るや否や済ませ、母上のお薦めする書物を読み込みます。

俗に言う、帝王学、というやつです。

これだけ童子に似合わぬ努力と節制を積み重ねれば、欲するものは何もかも

……皇太子の座も、そして

……胸を高鳴らせ、ときめかせる少女おとめも手に入れられると信じて……


ああ、玻璃君の

……艶やかなお髪に可憐な微笑み、織り目正しい仕草、白き紅葉もみじのような小さな掌よ……

透輝宮のような粗暴な男には渡しませぬ。

まあ、いかに積極性の高い彼とて、そして金紅宮も、いまのよわいで彼女を女人として手に入れる度胸と知性は無いでしょう。

やはり来年、皇太子の地位を得て、男としての確固たる地位と自信を手に入れてから……


などと考えつつ、ついつい唇の端を緩めていると

……何やら、廊から騒がしい声が聞こえてまいりました。

思わず様子を見に行きますと、そこには父上と翡翠君親子、檸檬先生、琥珀先生、そして紅玉君と柘榴宮の御姿がありました。


「どうなさいました?」

「金紅が……金紅が学び舎に行ったきり、未だに帰ってきませんの!

 今日は授業はお昼までのはずですのに、夕暮れにも戻らないのはおかしいですよね?

 同級の菫青宮様、何かご存知ではありませんか?」

紅玉君はひどく慌てふためいておられました

……が、柘榴宮にさほど慌てたご様子がないのが、なんとも薄気味が悪く感じられました。

「いや、まろは授業が終わってすぐに厠に行って、そのまま自らの殿舎に戻りましたから

 ……菫青宮だって同じような筈ですし、先生方だってわざわざ、齢七つにもなった子を、廊を渡るだけの部屋まで送り迎えするほど用心しませんし、わかりませんよねえ?」

透輝宮が首を傾げました。


いや……

もしや……

「ええとですね……

 わたくし、金紅宮が玻璃君に『皇居内も暴漢が出たり、流鏑馬やぶさめの誤射の矢が飛んできたりで危ういので、牛車までお見送りしますよ』と声を掛けて、ふたりで庭に出て行かれたのをお見かけいたしましたよ!」

「情報ありがとうございます。

 ですが、ええと、それにいたしましても帰りが遅すぎるのでは……」

紅玉君が仰られると、透輝宮がはっと息を呑みました

……事情を知る彼は、わたくしと同じ思考に及んだようです。



「もしや……


 駆け落ち……」



「い……いやいやいや!

 それならば、玻璃君を御迎えに上がった者が、とっくに慌てふためき、既にわたくしどもに報告しておられる筈でしょう?」

言われてみますと、父上の仰られる通りです。

「と、いうことは……

 玻璃君を見送った後で何かが……?」

紅玉君の白き肌が、青みを帯びました。

「で、でしたら何かがあったとしても、皇居内の可能性が高いですよね?!」

翡翠君の御言葉で、皆で残りの殿舎を周り、どなたもご存知ないことを確認してから、父上はこう仰られました。

「皇居は広いので、大人が手分けして捜索にあたります。

 人攫ひとさらいが外でうごめいている可能性があります故、子供達は檸檬先生、琥珀先生と学び舎で待機しているように」



学び舎に集まったとはいえ、さすがに誰一人として勉学に励む気になどなれず……

緑柱宮が、こう仰られました。

「金紅宮……心配ですね。

 しかし、もしも透輝の言う通りの駆け落ちだとしたら、金紅宮は皇太子候補から脱落でしょうね。

 先生方もそう思われるでしょう?」

「まあ、この件が外部に漏れればそうなるでしょうね……

 いくら子供のしたこと、若気の至りとはいえ、騒ぎを起こしたのが譲位の一年前では、いかにその後に金紅宮が精進なさったとて、みそぎの期間としては短すぎますものね」

檸檬先生が思慮深げに、顎に手を当てました。


「あー、となると皇太子は菫青宮に決定ですかな!

 菫青と金紅で、きんせい、きんこうが取れていましたのにねえ!」

桃廉宮が仰られますと、重苦しい空気を纏っていた学び舎が笑いに包まれました。


「いえ、未だわかりませんよ?

 他のどなたかが指名される、一縷いちるの望みもございましょう。

 皆さん、御自身が帝となりましたら、この蛇紋国をどうなさりたいですか?

 わたくしは、民にももっと仕立ての良い着物を、そして黒色を流行らせたく存じます」

お母様の黒曜君は、能ある鷹は爪を隠すかのような振る舞いをなされるのに、尖晶宮はやや野心家です。


「美食を流行らせ、後宮の資金源、そして外貨獲得の武器といたします」

せっかく父上似の御顔で上背もあるのに、美食に走りすぎるので、とうとう拉麺制限令を出されてしまわれた桃廉宮です。


「やはり、絵巻物の可能性を更に世に広めて、さまざまな絵師にえがかせてです、ねえ」

緑柱宮が仰られると、透輝宮と翠銅宮も、にやつきを抑えきれぬ口許くちもとで頷かれました。


「まったく……

 女帝の可能性も、未だ無きにしも非ず、ですからね?

 そのようによこしまなことばかり考えるならば、わたくしが指名された暁には、宮中歌留多きゅうちゅうかるたを制作し、

 『翡翠家の 望む絵巻は いかがわし』という札を入れますよ?」

柘榴宮が翡翠姉弟を睨みつけると、


「ならばわたくしは、舞を庶民にも流行させること、ですね。

 殿方の青海波せいがいはも共に」

お姉様の天藍宮が、期待に胸を膨らませたのが、手に取るようにわかりました。


まったく……

皆様、御自分のお好きな文化を流行らせたい、ばかりではございませんか。

幼さ故に致し方ないとも思いますが、金紅宮は勉学ができるだけあり、もう少し、貧困を是正したいなどの大局観がございますのに。

彼が本当に駆け落ちで、皇太子争いから脱落なされたとしたら、競争が楽になると胸を撫で下ろしつつも、一抹の寂しさがございます。


まあ、しかし、

「皆様、好きなこと、やりたいことがあるのは素晴らしきことですね。

 わたくしは全ての実行に向けて善処いたしますので、父上とおじいさまに対して、それとなく皇太子にご推薦くださいませんか?」

「なんですかあ、菫青宮〜。

 選ばれたいあまりに、選挙の際だけ調子の良い公約を山ほど掲げる政治家のようなことを仰って〜」

尖晶宮が右肘でつついてきます。

「あら、菫青はわたくしたちには及びもつかないような継続力や自制心の持ち主で、資料集めにも余念がないのですよ。

 全て必ずやり遂げる、とまでは申しませんが、なるべくそうできるように手は尽くすような人間ですよ」

お姉様……

「まあ、少なくともまろよりは辛抱強く学んでおり、実際に我が学年で最も勉強ができるのは確かですね」

透輝宮……

ありがとうございます。

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