第四十帖 金紅「胸の内をお伝えしました」

思い立ったが吉日。

次の日わたくしは、透輝宮が檸檬先生の授業が終わるや否や、かわやへ向かったところを見計らい、いつものように門の前に停まっている迎えの牛車の方に向かう玻璃君に声をかけました。

「はっ、玻璃はり君!

 皇居は敷地が広く、門までは距離がございますので、女童ひとりでは危のうございますよ。

 まろがお見送りいたしますよ!」

よ、よし……

あとの二名の外部同級生は女房の御子息ごしそくで、その女房に連れられて帰っていきますし、口実としては不自然ではない……はずです……


「えっ、どうなさいました、唐突に?

 皇居の敷地内に危ないことなど、特にないのでは?」

「そ、そのようなことはございませんよ!

 過去には皇居内で、酔った門番同士が大浴場で揉めて大怪我人が出た事件や、黒曜君が流鏑馬に大失敗なさり、矢が父上と母上の頭上を掠めた事件などが起こっておりますし!」

「えっ……ええっ?!」

「しょ、書物にも記されている、紛うことなき真実にございますからね!

 何かありましたら、まろが身をていして御守りいたしますよ!」

「それはそれは……

 しかし、何かありましたとして、寧ろわたくしが宮様である金紅様をお守りするべきなのでは……」

「とんでもございません!

 まろなぞ九人、男皇子のみでも六人、同じ父母の子と考えても二人兄弟の子なのですから!

 方解殿と虎目君の唯一のお子様であるあなたさまのほうが、よほど……!」


「なるほど……

 わたくし、あなたがた宮様のこと、華々しくて、多くの方に敬われていて、羨ましいとばかり思っておりましたが、浅はかでした……

 そのような、兄弟が多いぶんないがしろにされているかのようなやるせなさを抱えていらしたのですね……」

心配そうに眉をしかめる、そんな御姿もお美しい

……いえ、自身は経験していない他人の辛さに思いを馳せて寄り添おうとする、その御心こそがお美しいのです。

「えっ、いえいえ、そこまでたいそうなものでもございませんが」 

よかった……

このように御心も美しい方で……

これで、軽薄などと気兼ねすることなく……


「……えっ、えっと。

 皇族が羨ましいという思いがおありなら、玻璃君はせっかくこのような機会をお持ちなのですから、六名もおられる男皇子のどなたかとご結婚なさればおよろしいのでは?」

「そう簡単に仰らないでくださいな。

 灰廉様のご境遇ならいざ知らず、あなたがたのように一夫一妻と決められました宮様たちが、わたくしのごとき商人の娘など、お選びになるわけがないでしょう……」


「そ、そのようなことはございません!

 まろは……まろは……

 妃にするなら玻璃君のような、身も心もお美しい女人がおよろしゅうございます!」


「えっ」

玻璃君は円き頬を、牡丹ぼたんの花のように、ぱっと赤らめました。

白い肌との対比が、なんとも鮮やかで……



そんなお話をしながら歩いていると、気がつけばもう牛車の前でした。

「えっと、突然のことですから、お返事はいつでもよろしいので……」

「え、ええ……」


「おや? 金紅宮様、どうなさいました?」

おっと……

お迎えにいらした方解殿に、見つかってしまいました。

「え、えっと……

 宮中でも、殺傷する酔っ払いが出たり、流鏑馬やぶさめ失敗の矢が飛んできたりいたしますので、玻璃君を御守りしようと思いまして……」

「あー! 懐かしいお話ですねー!」

「ほ、本当の話だったんですね

 ……え、えっと、お父様……」

玻璃君は頬を紅らめたまま方解殿を見上げた後、ふいにわたくしの耳許に唇を寄せました。

「どんなにお時間をいただいたとて、わたくしの一存では決めかねると思います

 ……お父様にお話ししてよろしいですか?」


頬が触れそうな距離に迫った、精緻な西洋人形の如き御顔立ち。

それとは対照的な、人間らしいなまあたたかい吐息の感触と温度。

そして、ふわりと甘き薫り

……虎目君がよく炊いておられる品の良いお香の移り香でしょうか。

五感のうちの四感が甘く刺激され、心臓が激しく跳ね回りました。


し、しかし……

御気持ちは理解できますが、いきなり御父上に打ち明けるというのは

……い、いや!

御両親にお話しすることは、本気で結ばれようと思うなら、いずれは通る道です。

ぐずぐず先送りして透輝宮に横取りされる懸念を思えば、一刻も早く、先んじて根回しをした方が良いかもしれません。


「……わかりました」

恥ずかしがっている場合ではありません。

玻璃君は、自身の一存でお断りする気はないぐらいには、まろに好感をお持ちだと仰ってくださっているのです。

ならば……腹を括れ。


「ほ、方解……様

 ……お嬢さんを

 ……永劫滅却、まろに護らせてください!」


「えっ!」

おお……

玻璃君は虎目君似だとばかり思っておりましたが

……紅くこそなってはおられないものの、この仰天の表情は先ほどの玻璃君に瓜二つです。

まあ、まず、あのよろずの価値を見抜く、海千山千の風格を湛えた虎目君が仰天なさることなど、おありなのかという話ですが。

「えっと、我としては、諸手を上げて快哉を叫びたい心境ではありますが。

 寧ろ身に余る光栄過ぎて、話が大き過ぎて即答できかねるので、虎目にも相談したいと思うのですが」

「もちろんです!

 今すぐにでもご挨拶に行かせていただきます!」

玻璃君の雪のように白く細い指に引かれ

……ええい、ここまで来たら乗りかけた船、いえ、乗りかけた牛車です。

ためらわずに乗ってしまえ。


皇居を出て暫くは、当然の如く見知った道。

しかし、隣で牡丹の花が、まろのためだけに微笑んでいるのですから、いつもの景色も華やぎ、輝いて見えます。



なるほど……

ここが玻璃君の生まれ育った、

そして、野分の折に父上がお世話になり、何やらご迷惑をお掛けになった御邸宅にございますか

……玻璃君のお召し物や薫り高さから考えるに、使用人がいらっしゃらず、お迎えも御父上なのが不思議でしたが、そのぶんこの御邸宅と調度品にお金をかけておられるのでしょう。


「虎目の帰りは夕刻ですので、しばしお待ちを」

細工が細やかで、蓮の形をした桃色の和菓子が出されました。

「ありがとうございます。

 上品な甘さでございますね」

「こういうものも全て、虎目が自らの甲斐性にて選び抜き、常にお客人のために用意しておりますからねえ。

 我は頭が上がりません」

「ご謙遜を。

 御父様は、玻璃君の御世話とご養育に力を尽くしておられるではありませんか」



「なるほど」

やはり虎目君は驚かれませんでした。

「光栄です。

 九年後もそのお気持ちが続いたなら、是非とも玻璃と結婚を。

 寧ろ、その……

 さすが灰廉様と紅玉君の皇子様と申しますか、ね……」

「それ、我も感じました」

「あっ、御姿の美しさで好きになってしまう所、でしょうか?

 でっ、ですがっ、玻璃君は御心もお優しくて、勉学にも励んでおられましてっ、」

「わかっておりますよ」

と言いつつ、御両親は何やら意味ありげな目配せを交わされました。


「で、では玻璃君……

 よろしくお願いいたしますね……」

「……はい。

 宮様に相応しくあれるように、更に精進してまいります」

玻璃君は指先まできちりと揃った、織り目正しい御辞儀をしてくださいました。

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