第三十九帖 金紅「好きな娘が乱暴される?!」

学び舎には、一つ上の世代に合わせ、六つの机が並んでいます。

当然、まろの学年は三人しかいないので三席余るわけですが、空席は勿体無いので使用人や友人の子どもたちも一緒に学問させよう、と父上がご提案なさり、兄弟でない同級生三人と机を並べて学ぶことになりました。


とはいえ、父上が『友人』と呼ぶのは、方解殿と虎目君のご夫婦ぐらいです。

父上は虎目君のことは、純粋に目利きの手腕を買っているようですが、商人の方解殿にはどこか申し訳なさそうに接しています。

何かあったのか聞いてみたところ、

「野分で帰れなくなった折に、事後承諾で泊めていただいた上に、若気の至りでご心労をおかけしてしまってね」

と、たいそう照れくさそうに仰られました。

こんな御立派な父上にも、そんな時代があったのですねえ、と、妙に親近感を覚えました。


そして、その娘の玻璃はり君が、我々と同じ学び舎に通ってきているのです。

お母様に似た透き通ったような肌をして、やはり色素が少し薄めで、御自分でお選びになったという、白地に金の錦が光る品の良い装束を纏い

……まろが勉学に集中しきれないのは、ついつい彼女を目で追ってしまうから

……母上が父上を目で追ってしまうかのように

……いやいや。

なんの非もない玻璃君のせいにするなぞ、恥を知りなさい……



「玻璃君は実に、幽玄でお美しいですねえ」

学び舎から余所の子たちが帰り、兄弟だけになってから、透輝宮が仰られました。

彼の言葉には何故か、純粋に美しいと思っている以上の、妙なべたつきを感じます。


「あのような可憐な方を、めちゃくちゃに乱したいものです」

「いかような感情なのですか、それは?

 美への嫉妬から虐めようというのですか?」

「いや、逆ですよ。

 愛おしいからこそ手に入れてから……ということです」

「好きな子を虐めたいというやつですか?

 そうだとしても許せませんよ?!」

「まったく、金紅宮はまだまだお子様ですねえ。

 そして、ほーお……

 あなたも玻璃君のことが……」

「そう取ってくださって構いませんよ!

 そんなことを公言するような男には、絶対に渡しませんから!」

「とは仰られても、実際に玻璃君とお付き合いできましたら、そのうち金紅宮も同じ欲望を持つと思いますけどねえ」

「いくつになったってめちゃくちゃになぞせず、大切にしますわ!

 よーし透輝宮! 勝負です!」

「望むところです!

 あっ、菫青宮も勝負に加わります?」

「あっ、あんな商人同士の家のお嬢さんに興味なんてありませんし?

 玻璃なんてお名前は、母上に似ているから嫌ですし?

 というか、今は皇太子へのお勉強に集中したいですし?」

よかった……

恋敵は透輝宮おひとりで済むのですね。

そして、さすがは真面目で禁欲的な菫青宮。

やはり皇太子の器ですか……



「おねえさま!

 お、おねえさまなら……

 何を贈り物としていただいたら嬉しゅうございますかっ?!」

「えっ?」

宿題を終わらせて一息ついていたおねえさまの柘榴君の、たっぷり艶々とした黒髪の後ろ姿が反転し、東洋のお人形さんのようなお顔が覗きました。

「歌留多!

 時折舶来品で出る、別の国のものを貰ったら嬉しゅうございます!」

よくよく考えれば、現在の母上の趣味って、歌留多なのかもしれません……

お輿入れされてすぐの瑠璃君との対決で勝たれたという理由から大のお気に入りで、我々にもよく教えてくださいます。

それにすら嵌ることのできないまろは、なんとつまらない人間でしょうか。


「い、いや、えっと、聞き方が悪うございました、

 個人の趣味に寄ったものではなく、女童全般的に、といいますか、」

「ああ、お好きな姫君でもおられるのね?」

「は、はい……」

「ふふっ、紅くなっちゃってかわいらしい!

 父上のことを考えてる時の母上そっくりですよ。

 でも、そんなものは個人差ですよ?

 天藍宮なら舞の扇子、翠銅宮ならいかがわしい絵巻物、なわけですし」

「す、翠銅宮……

 さすがは透輝宮のおねえさまです……」

「あら、やはり?

 まあ、緑柱宮もそうですし、あの一家はおかあさまの翡翠君からしてああですからねえ」

「わ、わあ……」


「まあ、ということですから、贈り物は仲良くなって相手を見極めてからするのが最善ということですよ。

 姫君だからこのようなものが好きだろう、と決め打ちして掛かったら、下手をすれば私個人を見ていない、舐めてかかっているのか? と不快に思われますからね」

あ〜!

たしかに、おじいさまは正月祝いなどで、性別が同じ孫には全員同じ贈り物をなさいますが(今年は男子が笛で女子が鞠でした)、それは同年代の孫が九人という状況故に、致し方なきこと。

他ならぬあなたが好きだと示したいなら、たしかにその人だからこその贈り物が必要ですね。


「しかし、そのようにお相手の御趣味もわからないうちから、いきなり贈り物を考えるなど、急きすぎではございませんか?」

「ま、まあそうではございますが……」

ぐずぐずしていては、透輝宮に先を越されて、玻璃君がめちゃくちゃにされてしまいそうで。

彼がこのようなことを考えていることを明かせば、おねえさまばかりか両親もわたくしの味方につき、仲を取り持ってくださるでしょうが、それは気が進みませんでした。

悪いことを考えている者から守る為、という形で結ばれるのではなく、まろ達は特例の父上とは違い、妃はたったひとりなのですから

……ちゃんと愛し、愛された上で結ばれとうございます。


「ふふっ、お相手の御姿がお好きなのね」

「……いけませんか?

 やはり軽薄でしょうか?」

「まあ、父上と母上も、お互い最初はそんな感じで結婚に至ったと申しますし、血は争えないなと思ったまでですよ。

 御心はすぐにわかるものでもありませんし

 ……きっかけが御姿でも、最終的に御心でも愛し合えるなら、良いと思いますよ」

お姉様……

まろ、頑張りますよ!

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