第三十七帖 灰廉「完全燃焼の夜」

今晩は紅玉君に渡る夜です。

「紅玉君、本日は食糧配給で立ちどおしで、さぞかしお疲れになられたことでしょう」

「いえいえ、住居が潰れてしまった民たちの苦しみに比べれば、このぐらいどうということもございません。

 後宮はお庭が荒れたのみで、邸宅は何もなかったのですから」

「実に、あなたさまという御方は……

 しかし、今はただ御身体をお休めください。

 今晩は、すべてわたくしに身を委ねてください」

「かっ、灰廉様とて充分にお疲れでしょう?!

 でっ、ですのにそのような

 ……す、すごい……」

「ふふっ、あなたさまのその健気なご様子、わたくしどもの安否を心配する御気持ちが、わたくしにこれだけの精気を漲らせるのです」

「あなた……」

この言葉に、まったくもって嘘偽りはございません。

ただ……

加えて、昨晩のぶんの勢いが加わっている、というだけにございます。


昨晩は、虎目君を方解殿の前で溶かし、彼に制裁を与えようという状況に、異様な興奮を覚えました。

方解殿の見たことのないような恍惚の表情を彼女から引き出したいと、心の底から欲してしまいました。

わたくしの知らなかったわたくしが、昨晩初めて湧き出したのです。

結局は方解殿が反省の意を示し、虎目君がそれを受け入れましたことで、それ以上夫婦の仲にひびを入れるのもよろしくないと思って手を引き、

その後は、檸檬君がお隣におられるため、珊瑚君と軽く睦み合うのみで眠りに落ちましたので

……行き場を失った熱く沸々としたものが、存分に溜まっております。

しかし、これでよいのです。

目の前の紅玉君は、男皇子を強く望んでおられ、愛したわたくしにこんなにも愛されているのだと、たいへんお喜びになられているのですから。

ようやく正しい行き場に辿り着いたのです……


「あっ、あっ

 ……灰廉……様っ?!

 きょ、今日は随分と烈しゅうございますねっ?!」

「ふふっ……

 先日の野分のように、生命が脅かされかねない状況に晒されますと、

 自身が滅びる前に子孫を残さねば、という生物としての本能が刺激される、と申しますしね……」

「そっ、そんなことを申されますと

 ……わたくしも熱く刺激されてしまうでは、ありませんかっ……」


そのお言葉はまことのようで、紅玉君はお疲れのはずなのに、わたくしの一挙一動に、敏感に熱い反応をお返しになられます。

わたくしのわたくしは、それにまた呼応し、何度も何度も熱を帯びました。

そして、ふたりの生物としての本能は

……その晩、紅玉君の身体にお二人目の御子を宿しました。



「翡翠君に続き、紅玉君もお二人目を……!」

報告を聞いた直後の渡りで、瑠璃君はひどく心を乱した様子をお見せになりました。

「やはり……わたくしでは不足ですか……

 翡翠君のような、溢れる若さや積極性や豊満さも、

 紅玉君のような、心よりあなたを愛する心も持ち合わせていない、つまらぬ女ですものねっ!」

あ、あの気高い瑠璃君が

……こうも自信を喪失しているご様子は、初めて見ましたかもしれません……

思えば、彼女の美しさへの拘り……

色欲が強いわけでもなければ、わたくしを愛しているわけでもないのに、わたくしに好かれるような言葉や仕草を懸命に追求するその御姿

……天藍には英才教育を施しておられますし、目標に対して誰よりも真摯で、懸命です。

そう思うと可愛らしく感じられてまいりました。

色欲を持ち合わせていないとか、わたくしを好きになれないなどは、努力を重ねれば必ずしもどうにかなるものでもあるまいし、仕方のないことです。

「そんなことはございませんよ。

 瑠璃君には、瑠璃君にしかない美しさとかわいらしさがあるのです」

「またそのような調子の良いことを……」

「身体のうち、嘘をつけるのは、口だけにございますよね?」

「あっ……」


灰廉。

大勢抱えた妃それぞれに愛を囁く、調子の良い男。

役割だ、大変だなどと言ってはいますが、大いに楽しんでいる部分もあるのは事実で、そのような感情は当然、聡明な瑠璃君には伝わってしまっているはずで。

だから好きになれない。

それは当然の理論の帰結。

ですから、理屈で彼女に愛されようとするのは、最早諦めました。


「ほらっ……

 そんなにこれが欲しいなら、いくらでもさしあげますよっ!」

「んっ……

 な、何故いつも

 ……関係のない首筋や、脇腹などに触れるのですかっ……

 あまりにこそばゆくて、頭がぼうっとしてしまうでしょう……」

「ふふっ、そこを触れると得られるその可愛らしい反応に呼応して、わたくしの方もより高まるからです。

 一晩でより多く高まりを得られた方が、効率が良くて喜ばしいでしょう?」

いくらわたくしを愛していなくても、彼女にも当然、肌感覚はあるわけですからね。


「ふふっ、同じ所を触れても、他の妃たちはここまで敏感に反応はいたしませんのに、人体の個人差とは不思議なものです」

「今ここで、他の妃たちの話なんて、なさらないでくださいよっ……!」

と仰られつつ、比べられると競争心が湧くのか、明らかにこうして高揚し、ご奉仕に力が入るのが彼女の特色です。

これが他の女人なら、紅玉君はただただ悲しまれるのみでしょうし、

珊瑚君、黒曜君は特に意に介さず、

翡翠君は、今気持ち良ければ他の方などどうでもよいので! などと仰るのが目に見えております。



愛などなくても、高揚しあうことは

……もとい! 野心と研究熱があれば、互いの持てるものの最大値を引き出し、利益を与え合うことはできます。

それを体現するかのように、瑠璃君は、この夜めでたく第二子を懐妊いたしました。

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