第三十六帖 灰廉「火事です!」

野分の憂き目に会い、帰る先もなく避難してきた方々をお世話する日々が続きます。

今日は、わたくし灰廉も、かき氷を提供することにいたしました。

お隣では珊瑚君と琥珀君が、冷やし拉麺の鉄鍋かなへをかき回しています


……が、その時。

突風が吹き、鍋の台がひっくり返り、炎が地の草に燃え移りました。

一気に火の手が燃え広がっていき、官も民も蜘蛛の子を散らしたように離れていきます。


ああ……!

今思えば、瑠璃君の牛車が突っ込んでいらした時は、燃えているのは動ける車であり、地の草には一切燃え広がらなかったという、非常に運の良い状況でした。

だからこそ、鯉の池に突っ込んで事なきを得ることができたのです。

しかし、今回は……!

池から大量に水を引く方法もございません。

どうすれば……

どうすれば……!


「と、とりあえず皆様!

 大浴場や食堂へ行き、桶や鍋をお持ちになり、池の水を汲んで掛けてください!」

くっ……

これしきの命(めい)しか出せない自分が、なんとも情けなし……


「炎には青菜を放り込むと効果的と聞きました!」

鍋にありったけの青菜を入れてきたと思しき翡翠君が、こう申されながら、青菜を次々と手際よく炎に放り込みました。

(※小さな焚火程度なら実際に効くようです。

 また、陰陽道的には、青は鎮火に縁起が良く、『木気もっきの色として火の神を鎮める』と、儀式的に使われていたようです)


「ですが、桶と鍋だけでは、皇族と使用人の数にすら足りませんよね?」

琥珀君が申されました。

「やはりここは、お父様の花瓶を使うべきなのでは?」

で、ですから、あれは単独で芸術性を味わう壺であって、花瓶ではないと

……ま、まあしかし、よくよく考えれば、大きさもございますし、土性なので燃え移る心配もありませんし、皇居が全焼しては芸術を味わうも何もないわけですから……

「なるほど、良きご提案ですね!

 天河先生には申し訳ありませんが、ここは実利を優先させていただくといたしましょう!

 琥珀君、ありがとうございます!」


炎は邸宅より先に、塀の方へと向かいましたので、わたくしは指示を出しました。

「男性陣は、炎が広がる前に、塀を打ち壊してください!

 女性陣と老人、子供は池から炎まで列をなし、水の入った桶、鍋、壺をひとつひとつ、手渡しで順送りするように!」

「御意!」


そうこうしていると、父上が呼びつけた陰陽師が到着いたしました。

「オン・シチュリ・キャラ・ロハ・ウン・ケン・ソワカ……」

「あの人、なに言ってるの〜?」

避難してきていたよわい五つほどの坊やが笑いを堪えているのを見て、父上は、

「こらこら、坊やは見たことがないのでしょうが、これも重要な火防ひぶせの手段で、真言系の祈祷と申すのですよ。

 消化活動をする皆の心も、より一つになっていると感じませんか?」

と、彼の頭を撫でながら、優しげな表情で仰られました。



避難民という桁違いの人手があったことと、元々が大した規模ではなかったことが相まって、炎は邸宅にまでは燃え移らず、無事に鎮火してくれました。

死人も出ず、怪我人も擦り傷と軽い火傷程度で済みました。

「皆様、避難した先でまた恐ろしい目に遭わせてしまい、実に申し訳ございませんでした」

皇族一同が深々と頭を下げますと、

「いえいえ、わたくしたちを飢えさせないために、皇族の皆様がお手ずから、拉麺を作ってくださっていたのですから!」

皆様は快く許してくださいました。


次に天河先生に丁重な謝罪をいたしました。

「貴重で美しい先生の壺を、消化活動に使ってしまって、いくつかは破損までさせてしまって、申し訳ございません」

「いえいえっ! 

 もちろん芸術は大切ですが、一番大切なのは人の命、次いで邸宅でございますから!

 寧ろ、わたくしの壺が皇居にたくさん置いてありましたことで大切なものを守れたなど、僥倖でございます!

 改めて、軽くて火を消しやすく、それでいて普段は芸術品として飾っておける土器をお創りいたしましょうか?」

「わあ、是非お願いいたします!」


かくして、天河先生は、底より上部分の広い『芸術的消化用土器』という新たな芸術品を開拓され、大量に皇居にお納めくださいました。

充分な量を確保できました後は、皇室御用達商品として販売され、先生もわたくしどもも財政が大いに潤いました。

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