第三十一帖 琥珀「お花が可哀想なので」
数日の後、昼餉の食堂に集まると、翡翠君がおもむろに皆の前に立ちました。
「皆様! 重大なお知らせがございます!
この度、わたくし翡翠は
……第二子を懐妊いたしました!」
「えっ?! もう、でございますか?!
ご出産はいつ頃になられるのですか?!」
紅玉君はお茶碗を持ったまま眼を見開き、固まってしまわれました。
「ぎりぎり年内だそうで」
「ええっ?!
双子でもないのに、同学年に翡翠君の御子がお二人、ということにございますか?!」
檸檬君が前髪の奥の眼を見張ったのが、手に取るようにわかりました。
蛇紋国では、年度は全て年明けで区切るので、そういうことになります。
「おめでとうございますー。
おふたりの仲が睦まじいので、コウノトリさんがたくさんいらすのですねー」
琥珀君が無邪気に拍手をすると、紅玉君が切なげな表情で俯きました。
ち、ちがっ……
こっ、紅玉君ならわかっておられるでしょう、
こういうものは、仲の良さと必ずしも比例するわけでは……!
「ははっ、というより、やはり翡翠君とは相性が良いのだろうな。
やるじゃないか灰廉」
下世話な想像を隠しきれていない表情で、父上がわたくしの肩を叩きました。
ち、父上は父上で、なんということを〜!
紅玉君と檸檬君が、真っ赤になって下を向いてしまわれたではありませぬか!
「わ、わたくし、六名の同級の御子様達を一手に教えることとなるのですね……」
檸檬君は緊張の面持ちです。
「あっ、わたくしもですねえ」
この琥珀君の鷹揚さと、檸檬君の繊細さを、足して二で割ればちょうどよくなりますのに。
「まったく、お二人とも、産後すぐから飛ばし過ぎではございませんか?
お身体はお大事になさってくださいよ?」
言葉選びの優しさにそぐわぬ毒気を含んだ声に振り向くと、瑠璃君が蒼く燃える瞳で翡翠君を見遣っておりました。
「ご心配ありがとうございます、しかし漢方と香で身体を労わっております故。
瑠璃君も、この香をおひとついかがですか?
懐妊するために最も大切なのは、精神の落ち着きとも申しますからねえ」
「あらまあご親切に、ありがとうございます」
余裕綽綽の翡翠君から香を受け取りながら、瑠璃君はほぞを噛むような表情を浮かべました。
あなおそろし……
と思いつつも、最初から家庭教師役の檸檬君と琥珀君が気に留めないのは必然としても、
自身はもう通り抜けた出来事ですから、とばかりに、さっぱりとした態度で祝福なさっている珊瑚君と黒曜君を見ると、どこか寂しげな気持ちになるのだから、後宮の主というのは勝手なものです。
やはり……
本人の心境を思えば、こんなことを思っては不謹慎ではありますが、少し複雑な表情を浮かべている紅玉君ぐらいがお可愛らしい。
ふう……
昼餉の時間が、とんだひりひりとした修羅場となってしまいました。
本日は朝からの公務がありましたので、自らの殿舎に戻るのは起床以来です。
やっとひと息つくことができます……
と、解放された気分で廊(廊下)を歩いていると、
「……おっ、おやっ……?!」
廊の端に恭しく飾られた、金色に輝く天河先生の壺に、白く可憐な
……むらさきの花が活けられているではありませんか!
殿舎に戻り、更に眼を見張りました。
すっきりと洗練された純白の天河先生の壺に、抜けるような青色の
……朝顔の花が活けられているではありませんか!
妃たちの殿舎からも、次々と困惑の声が上がりました。
「どなたですか?!
後宮じゅうの天河先生の壺に、お花をお活けになったのは?!」
わたくしが後宮じゅうに呼びかけますと、北東の殿舎より、ひどく慌てた様子で琥珀君が飛び出してきました。
「さ、昨晩の嵐でお庭のお花が乱れており、このまま捨て置くよりは飾った方が、と思いまして
……いけませんでしたか?!」
「そのお優しき心映えは素晴らしいのですが、これらはあくまでこのままで形の美しさを楽しむための壺であり、花瓶ではございませんから!」
まったく……
御父上の御作品だというのに、お気付きにならなかったのでしょうか?
まあ、おそらく、天河先生はご自身の作品の特徴や印をお教えになったものの、琥珀君が覚えきれなかったのでしょうね……
「そして、勝手に人様の殿舎に御入りになるのも、おやめくださいませ」
「申し訳ございません。
実家は、客人が勝手に上がり込んでいるほどのおおらかさだったものですから」
地方では度々聞く話ではあります。
思えば、天河先生は、美しい自然の風景をいち早く絵画に取り込む為と、陶芸用の良質な土を確保する為に、人里離れた
琥珀君もそのような環境でのびのびと育ち、草花を慈しむ御心をもお育てになられたのでしょう。
「しかしこちらの花は、名前をむらさきの花というのに、なぜ白いのでしょうね」
「根がむらさきの染料となるからにございますよ……」
まったく……
この方も、檸檬君の学び舎で、御子達と共に学んだ方がよろしいのでは?!
まあ、しかし……
翡翠君と瑠璃君もお笑いになったことで、先ほどの彼女らの確執の件は、これにて綺麗に洗い流されたような心持ちがいたします。
皆に大いに笑われましても、腹を立てたり拗ねたりせず、共に照れくさそうに微笑む琥珀君のご人徳の賜物でしょう。
そして、まあ、たしかにこれだけのお花を、このまま枯れさせるのは勿体のうございますね。
しかし、現在空いている花瓶は、宮廷じゅう探しても無いはずで……
「そういえば、本日は
せっかくですから、個性溢れる洒落た花瓶を買ってくることといたしましょう。
最も詳しそうな檸檬君も是非に」
「はっ、はい」
「あっ、わたくしもお連れください。
現在、国内で手に入らない食材で、ほしいものがあります故」
たしかに、珊瑚君をお連れすれば、新たなお料理に出会えるかもしれませんね。
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