第八巻 嵐を呼ぶ人妻
第三十二帖 虎目「目利きはお任せ」
「うーん……」
「国内の花瓶なら、良し悪しもわかりますが。
舶来品は思った以上に個性が強く形も様々で、どれを選べば良いのか、わかりかねます」
たしかに、蛇紋国の花瓶は、装飾品は多くとも基本はそれこそ、琥珀君が間違うのも無理はない壺状ですが、
舶来品は四角いもの、平べったいもの、まん丸いものなど実に様々ですねえ……
「まあ、でしたらその『国内の基準で良い物』でよろしいのでは?
わたくしや他の者には、ますますわからぬことですしね」
と、わたくしが申しますと、
「活けるお花はなんでございましょうか?
それにもよると思われますが」
背後から落ち着いた声がいたしました。
振り向くと、髪の色こそ黒いものの、色素が薄く瞳はうっすらと青色、抜けるような色白で西洋系の御顔立ちをした、背の高い女人が、鶴の描かれた
歳の頃は黒曜君と同じぐらいでしょうか。
「え、ええと、むらさきと、青き朝顔にございます」
「なるほど。
むらさきは白くて小ぶりですが、高貴な紫色の香料が得られる花ですから、それを示すような古風な濃い紫色で壺状の、こちらの花瓶などいかがでしょう。
青き朝顔は丸くて鮮やか、四角く白きこちらの花瓶との対比で更に色と形が映えると思われます。
この二作は造りも良いですしね」
「おお、想像するだけで花々の輝きが更に増すようですね……
御指南ありがとうございます」
「後宮にお飾りになるのなら、相応しいものをお選びになりませんとね」
なんと!
わたくしが誰だか、お気付きになられていたとは!
それでいて、礼節は保ちつつもへりくだり過ぎない、御若いのに堂々とした態度
……只者ではございませぬな!
「いかにも、わたくし皇太子の灰廉にございます。
こちらは妃の檸檬君、あちらで果物を御選びになっておられるのが、同じく妃の珊瑚君にございます。
あなたさまは……?」
「虎目と申します。
目利き業で生計を立てております」
「なるほど、その道の本業の方にございましたか。
ならば、本業のお仕事をしていただいたからには、お代をお支払いせねばなりますまい」
「いえいえ、それよりも、皇太子様の御墨付きをいただけることの方がありがたく存じます」
「おやおや、抜け目のないお方ですね」
「もちろん、そのような御願いを申しますからには、珊瑚君の果物もお選びいたしますよ」
「そもそも珊瑚君は、なにゆえに果物を?」
わたくしが声をかけますと、
「昨今はこの暑さですから、皇居販売の
ですので、代わりとして、皇族の皆様のお名前の色を模したかき氷の販売を考えています。
灰廉様は
翡翠君は御茶。
黒曜君は黒糖。
金剛帝様は、白き宝石の御名前ということで牛乳、」
「どれも贅沢な素材のかき氷ですが、それだけに希少性は高く、高くても特別な体験を求めてお買い求めになる方は、それなりにおられるかもしれませんね」
と、わたくしが申しますと、珊瑚君は少々ばつの悪そうな様子で、
「そしてまあ、お客様の多様性を確保するために、安価な方も
……あっ、色合いの問題ですので、人として安いと申したいわけではございませんよ……
檸檬君は、その名の通りの檸檬。
琥珀君は
瑠璃君は青梨。
紅玉君は
わたくしは
なんという華やかで豪勢なかき氷……
九色の彩りを脳裏に思い浮かべるだけで、実にわくわくとしてくるではありませんか!
そして、季節を考えると、国内では現在、檸檬、柑子、青梨、覆盆子は出荷されておりませんが、世界の舶来品が並ぶこの市では、全てを揃えることができるという夢のような状況にあるのです!
「素晴らしい、たんまりと買って帰りましょう!
わたくしが思わず高揚した声を上げますと、
「たしかに魅力的な商品企画ではございますが、今のうちから品質の良くないものは、皇室の品位を保つためにも弾いておきましょう」
虎目君が冷静な声色で申されました。
葡萄は、果皮に白い粉が付着し、軸が綺麗な緑色のもの。
檸檬は、艶、重量感、弾力があり、へたが緑色のもの。
柑子は、小ぶりで扁平型、へたの切り口とつぶつぶが小さく、皮の薄いもの。
青梨は、軸が太く、黄色みがあり、果皮のざらつきの少ないもの。
覆盆子は、へたが立ち、粒がくっきりとしており、甘い香りのするもの。
楊梅子は、そばかすのような白い斑点があり、割れ目の浅いもの。
と説明をしつつ、虎目君はてきぱきと果実を仕分けてゆきました。
まさに虎のような鋭い目。
さて、良きものをたくさん仕入れることができましたし、帰路につきましょう
……と思ったところで、俄かに雨風が激しくなってまいりました。
「ああ嫌だ、
少し早い
檸檬君が御顔を
「まあまあ、想定外もまた、人生の面白さかもしれませんよ。
このような占侯の外れました日に、金剛帝様の御一行がわたくしの店にいらして、今日のわたくしの栄転に繋がったのですから」
珊瑚君が懐かしそうに目を細めました。
「しかし、その折はここまでの悪天候ではなかったのでしょう?
ここまでの野分では、帰るのにも一苦労ですよ」
檸檬君は眉を顰めたままです。
「それでは、野分が止むまで、わたくしの屋敷にいらしますか?
この目と鼻の先に屋敷を構えているので」
「えっ、およろしいのですか?
大いに感謝いたします!」
この市が彼女の目利き商売の主戦場だから、ということでしょうか?
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