第六巻 第二子いかがなさいます?

第二十六帖 黒曜「一子で充分です」

続いては黒曜君が御回復なされましたが、

「え、ええと……

 尖晶のことは誠心誠意育てる心づもりですし、彼の素質と意欲が天皇として最良でしたら、もうそれは仕方がありませんが、

 わたくしが国母になる可能性がこれ以上に上がるのは、避けとうございます……よね?」

「いえ、わたくしは一向に構いませんが」


「またそのように不敵な笑みをお浮かべになる!

 まったく、意地の悪い!

 仕方がありませんね、はっきりと申し上げます。

 灰廉様が良くとも、わたくしが嫌なのです!

 いたずらにこれ以上に地位を上げれば、万が一にも例のことが露見した時、落ち幅がより広まり、傷を深めるだけにございますからね!

 尖晶を出産するところまでは、あなたさまが何より望んでいる御子を成すことが一番の罪滅ぼし、という心持ちにございましたが、今や五子も誕生した以上は、わたくしはもうよろしいでしょう?!」

「なるほど」

まあ、わたくしを蔑んでいた彼女を征服し、屈服させ、塗り替える快感は、もう既にたっぷりと味わい尽くした訳ですし……

「まあ、もうよろしいと仰っているのに、これ以上を求めるのは気が引けますから、やめておきますがね。

 あなたの色香を、もっと堪能しとうございました」


「な、なにを翡翠君のようなことを……」

わたくし、黒曜は鳥肌を立てました。

金剛帝様と手を切ってからというもの、灰廉様成分が不足の折に、よりわたくしに纏わりつき、身体をすり寄せてくる翡翠君。

彼女は少し気味が悪うございます。

「おや、翡翠君の好色を浴びるのは、お嫌だったのですか。

 傍目には仲睦まじく見えますのにねえ。

 翡翠君ご本人ですら、黒曜君が嫌がっていることにお気付きになられていないのでは?」

「恐らくそうでしょうけれどね。

 あのようなことをしでかした上で寛大な処置をいただいたからには、灰廉様だけでなく他の後宮の皆様の御力にもなりたい心持ちなので、彼女がそれを望むなら……と、嫌な顔をせずに受け入れているだけにございますよ」

「やはり黒曜君はお家柄と生育歴だけあって、本心を隠して品よく振る舞うことに長けておられますね。

 わたくし以外の者が未だに、暗殺に一切勘付かないのも道理です」

まあ、翡翠君のような方に身を寄せられるのは、殆どの男性にとっては喜ばしいことなのかもしれませんが……


「まあ、あなたは女性から見ても、大人の女性の色香に溢れているということですよ。

 ましてや翡翠君はあなたより六つも年若ですし、顔つきも身体つきも性分も対照的ですから、御自身にない魅力を感じて、くらりときても致し方なし、ですね」

「と、とはいえ……」

発言は全て本心です……

しかし、わたくしの色香を感じたい、などと申されますと、身体の奥が熱くなります

……自身も憎らしいほどの色香を湛え、これまでわたくしを掌の上で転がし続けてきた彼に対して、わたくしの魅力を誇示したい、という気持ちが湧いてきてしまいます……


「まあよいです、肌を重ねるだけが、色香を感じる手段ではございませんのでね。

 わたくしや妃達、そして光の速度で大きくなっていく御子たちのお召し物の柄を考えていただいたり、

 香合わせ(お香の香り当て遊び、またはお香の調合)を共に楽しんだりすることでも、感じることができましょう」

香合わせ、ですか……

たしかに着物の魅力をより引き出すためにと、実家で学びされたので詳しくはあります。

そして、これはそれこそ、植物に明るい翡翠君が最良の好敵手、および共同作業者になるのですよね……


「なるほど、この組み合わせで香を立てますか、さすがの選球眼にございますねえ」

灰廉様は興味深げに、わたくしの立てた香に御顔を近づけて胸いっぱいに吸い込みました

……そのくすみ一つなき白き肌、彫刻のような横顔に

……はっ!

見惚れているのを気取られてしまった?!


「ふふっ……

 もっと近くでご覧になりますか?」

気がつくと灰廉様は、背後からわたくしを抱きしめ、肩にその端麗な御顔を乗せておりました。

「……はっ!」

「ご安心ください。

 これ以上は何もいたしませぬゆえ。

 ……しかし、相変わらずの全身の、つい御支えになりたくなる華奢さに

 ……さすがは香合わせの名手、御自身もかぐわしゅうございますねえ」

そ、そんなにも御顔を近づけて、身体の芳香を嗅ぎ取らないでくださいまし……

身体の熱くなっていく様を、気取られてしまいます……


「ふふっ……

 熱くなっているのは、こちらも同じですよ。

 あのような形で出逢ってさえいなければ、

 今でも尚、この流れのままに……」

灰廉様は切な気に寝具を見遣りました。

わたくしも……同じ心持ちです……

こうも互いの色香に全身で惹かれ合っているのですから、出逢い方さえ違っていれば、どこまでも深く愛し合い続けられたのに

……わたくしの犯した罪から考えれば、ひどく寛大であたたかい方なのに、

伝聞のみで人を判断して、怨みを持って手に掛けようとしてしまった愚かさを、今更ながらに痛く感じ入りました。


灰廉様はひとしきり、御自身で御自身を慰めた後、女房を呼んで尖晶を連れてこさせました。

「この、赤子にして東洋系のくっきりとした御顔立ち

 ……黒曜君に生き写しにございますねえ。

 それこそお香の似合いそうな、雰囲気のある美丈夫に育ちそうです」

灰廉様は尖晶を愛おしげに見つめ、そっと抱き上げました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る