第二十五帖 檸檬「家族のために身売り」

檸檬は背筋をぴんと伸ばして、座してわたくしを待っておりました。

「まあ、そう御緊張なさらず、楽になさってください」

「そ、そうは言われましても……」


「し、しかし……

 あのようなお話をお受けになるとは

 ……案外、わたくしに気があったり……?」

そ、そう思うと……

そういう相手として考えたことは、今までには一度もございませんでしたが

……この、普段と変わらぬもじもじとした様子も、なかなかに可愛らしく思えてきましたよ……

「も、申し訳ございません、そういうわけでは……」

「しっ、失礼なことを申しましたっ!

 つい思い上がってしまって、お恥ずかしい!」

よくよく考えてみれば、当然のことです。

檸檬のような文人から見れば、わたくしなど、生まれが良いのをよいことに、華美な装束を纏い、毎晩別の女性に渡り、おまけに昨今は書物すら読まない、軽薄でいけ好かない人間でしょうに。


「で、ではやはり、説得されたから……」

「まあ……そうなりますが、わたくしも納得してのことにございます。

 我が家は著名な学者の父を持つ名家のように言われておりますが、名は高くとも、収入はそこまでではございません。

 にも関わらず十人兄弟ですので、恐らく、食べる作物にだけは事欠かないであろう珊瑚君のお家より、よほど生活は苦しいのでございます」

「じゅ、十人?!

 お母様はお一人なのですよね?」

「……蛇紋国で妻がお一人でないのは、灰廉様、あなたのみにございますよ」

「そ、そうでした

 ……申し訳ございません……」

知らず知らずのうちに、感覚が毒されていたようです……


「ですから、長子のわたくしが家計のため、そして素晴らしい書庫に触れられるというお話でしたので、よわい十六で宮廷に出仕することに決めたのです。

 そして、妃になれば、日中のお仕事はそのままに、ますます安泰というお話でしたので……

 か、覚悟はできております……」


そんな。

家族を想って身を売った、ということではありませんか。

口ではそうは仰っても、こうもひどく震えておられる女性に手を出すことなど、さすがにできるわけがありません

……い、いや……

そこまでして家族を救う給金が欲しいと申されているのに、断る方が失礼にあたるのか?

……いや、まてよ……


わたくし、檸檬は布団に目を遣りました。

か、構わないのです……

幼き頃から、書物が恋人のようなもの。

好きな殿方などいたためしが無いのですから、誰と寝ることになろうとも、誰の御子を育てることになろうとも同じ、痛みや苦役を耐えるというだけの話です。

ならば人柄も見知っている、国最高の殿方のお相手になり、家族を救うに充分なお給金をいただけるのなら、寧ろそれに越したことはないではありませんか。


「まあ、そう結論を急がずお聞きくださいな、

 檸檬君」

灰廉様は、そっと肩に手を掛けられました。

「父上はああ仰られますがね、わたくしは御子は五人もいれば充分だと思っております。

 いくら経済力があるとて、ただでさえ『皇族は租税を食い潰している!』と仰られる方々がおられるのに、あまりにも一気に皇族が増えれば、余計に彼らの批判にさらされますし。

 加えてわたくし、その五人の御子を授かるために、毎晩毎晩頑張ったのですよ。

 今の五人の妃たちの体調が回復したら、またそうなるのか、若いうちはずっとか、と思うと、正直、気が滅入るのです」


なんと。

殿方は、魅力的な多くの女性とそういうことをできるのを喜ぶもの、などという話を小耳に挟んだりもしますが

……どんなご馳走でも毎日食すと胃がもたれる、というように、

「た、たしかに……

 毎日となると大変そうにございますね……」


「加えて、あなたのような方には、懐妊し仕事場から離れるよりも、その知性を絶えず活かしていただいた方が、国のためになると思います。

 というわけで、いかがでしょう……

 結婚はいたします。

 ご家族が生活できる程度のお給金もお出しいたします。

 しかし、夜伽よとぎはいたしません。

 わたくしが渡った夜は、共に為になる書物を読み、わたくしに解説をしていただきたいのです。

 ちょうどそのような時間が欲しかったので、ありがたきことにございます」


「な、なんと即位に向けての意識がお高い……!

 喜んでお受けいたします!

 しかし、よいのですか、それのみで安くは無いお給金を……」

「それだけではございませんよ。

 また、檸檬君には、御子たちに纏めて学をつけていただきたいのです。

 後宮には、檸檬君がいらしても未だ二つの空室がございますので、そのうち一つを学び舎といたしましょう。

 居室に近い所の方が通いやすい、と申せば父上も納得いたすでしょうし、空室はとっとと埋めてしまった方が、わたくし的にもありがたいことにございますからね」

「あははは!

 まさかそのような御心境になられておりましたとは……

 これからの国を背負う人材に学をつけるとは、なんとやりがいのあるお仕事。

 知識とは蓄えるだけでなく、周りに与えてこそより活きるものですからね。

 喜んで務めさせていただきます」


「よいですね?

 このことは女官、女房一同、父上のお耳に絶対に入れないように!」

灰廉様は傍に控えている女房に、睨みをきかせました。

「これは、瑠璃君や紅玉君、翡翠君のように、御子作りに前のめりな妃のために精力を蓄えておくための方策でもあるのですからね

 ……前のめりな理由は三者三様ですが……

 これ以上、彼女らのような妃が増えても、彼女らに気を遣うぶん、困るのです!」

「かっ、かしこまりましたっ!」

灰廉様はにんまりとほくそ笑みました

……な、なんと

……もしかしたらわたくしに気を遣ってくださっているのかと、と思いきや

……本心中の本心にございましたか……


わたくしたちはその足で、先の妃の皆様に結婚のご挨拶へ渡りました。

瑠璃君や紅玉君、翡翠君は空室が二つ埋まる上に質の高い学びが得られる、と聞き、

本当にわたくしを歓迎してくださいました。

珊瑚君は、そうなの。仲良くいたしましょうね。と、気性のさっぱりしたご様子でした。

黒曜君は、お父上の家庭への謀反からの処罰という問題を抱えているせいでしょうか、妃が増えようと文句を言えた義理ではないと、諦めの境地にいるご様子でした。


かくして、後宮はこのような間取りとなりました。

翡翠 珊瑚 空室

瑠璃 灰廉 紅玉

黒曜 学舎 檸檬

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