第七巻 七人目の妃

第二十九帖 灰廉「謎の鞠つき名人登場」

七夕乞巧奠たなばたきっこうてん

七月七日の夜に行われる宮中行事です。

供え物をして、織姫にちなんで芸事の上達を祈りますが、蛇紋国では皇族、使用人、客人入り乱れての競技もございます。


男性は蹴鞠。

鞠を膝で蹴り上げ、より長い時間、地面に落とさなかった者の優勝です。


「開始!」

ふふふ。

わたくしが日々身体を鍛えているのは、暴漢などの不届者が出た時のためや、女人に良き所を見せるため、のみではございません。

このような催しで結果を出し、人心を集めるためにもございます。


「勝者、灰廉様」

湧き上がる歓声と、尊敬の眼差しがたいへん心地良く、この時のために鍛錬を重ねていると申しても良いでしょう。

「さすが灰廉様、お蹴りになる姿勢もお美しゅうございました」

「紅玉君……」

「ふっ……

 五年前までは辛うじてわたくしが勝っておったのにな……」

父上が、喜びと悔しさと一抹の寂しさの入り混じった、苦い笑みを浮かべました。


女性は鞠つき。

鞠を手でつき続けられた方の優勝です。

今回はお産から身体が回復した妃たちが全員参加する久しぶりの行事です。

例の装束を纏った華やかな彼女らは、


黒曜 瑠璃 翡翠 檸檬 紅玉 珊瑚


と並ぶことで、更に虹の如き、色とりどりの美しさを醸し出しておられました。


「あらっ」

珊瑚君は刹那で鞠を取り落としてしまいました。

「お恥ずかしい、庶民出の弱味ですわあ」

頭をぽかりと叩く姿で、見物客の笑いを誘います。


次に落としてしまったのは翡翠君でした。

「あちゃ〜」

舌をぺろりと出して引っ込んでいく姿が、なんとも愛らしい。


その後しばらく、どなたも脱落しませんでしたが、しだいに紅玉君の身体が左にぶれて、それでも彼女は必死に粘った結果

……檸檬君に突っ込む次第となりました!

「も、も、も、申し訳ございません!

 こうなる前に止めればよいものを、むきになってしまい、檸檬君にまでご迷惑をおかけしてしまって!」

「い、い、い、いえ、良いのですよ、

 わたくしとて、優勝して表彰台の上でもてはやされるなど、気恥ずかしいばかりですから、」

普通に考えれば気遣いの言葉なのでしょうが、檸檬君に限っては、本音で仰っているような気がいたします。

「実にお恥ずかしい!」

紅玉君は真っ赤になって袖で頬を隠しました。

なぜに、そこまで

……わたくしに良いところを見せたかった?

いえ、もっと言えば

……わたくしと表彰台に上がりたかった?

こちらも頬が紅くなってしまいます。


残りは全体で三名となりました。

瑠璃君、黒曜君、そして見知らぬ、橙色の装束を纏ったご令嬢です。

黒曜君はお家柄がよく、目的はどうあれ万のことを仕込まれていただけあり、たいへん美しいつき方をしておりましたが、細身ゆえに持久力はないのか脚がふらつき始め、そこで手を止めました。

紅玉君と同じような事態を起こし、隣の瑠璃君までもを巻き込んで敗退となってしまい、余所者に勝ちを譲る方が癪だと御思いになったのでしょう。

瑠璃君もそれを理解したのか、黒曜君に軽く会釈なさいました。


「父上……

 まあたしかに、動きが小さいぶん、男の蹴鞠より長くなることは例がございましたが

 ……こうも、若いのに立ち続けるのが辛くなって止める御方が出てくるほど長引いたことなど、ございましたっけ……」

「否……

 もう皆さん退屈しておられるのだから、瑠璃君もたまには民間の娘に花を持たせて差し上げれば良いのになあ。

 彼女の華の場面はこれまでも数多で、これからもいくらでもあるのだからな」


父上の御声が聞こえているのかいないのか、瑠璃君は淡々と鞠をつき続けました。

しかし、父上がそのようなことを申したくなるのもわかります。

瑠璃君の御顔からは疲労が隠しきれていない一方で、もう一人残った御令嬢は、未だにこやかに楽しそうに、小気味良く鞠をついているのですから。

その上、よく見ると

……この方、お着物からして紅色と紫の鞠が描かれた柄ですぞ?!


「お、おい琥珀こはく

 御前の実力は皆に知れ渡ったのだからもう良いだろう、優勝は瑠璃君にお譲りしなさい?」

父上と同年代ぐらい、でもどこか仙人のような風格を湛えた、御令嬢のお父上と思しき方が仰られました。

ほほう、琥珀と申すのですか

……やはり初めて聞く名です。

「え〜、嫌にございます。

 優勝すれば、御褒美に舶来品の御菓子をいただけますのに。

 その上、せっかく二十歳になり、お父様とお母様に競技への参加を許されたのですから」

えっ。

このような技量が元々おありなら、もっと遥かに若年から御参加なされても良かったのでは……?

「そなたがそのような性分だから許さなかったのだよおお」

な、なるほど……

わたくしや父上だから良いようなものの、世が世なら、皇族相手に空気の読めない無礼者と睨まれるかもしれませぬものね……


「あっ」

会話をしても余裕綽々の琥珀嬢を見て心が乱れたのか、瑠璃君は終に鞠を落としてしまわれました。

「やったあああ!」

琥珀嬢は屈託のない笑顔で、勢いよく拳を突き上げました。

「しかし、天河てんが先生にこのようなお嬢さんがおられるとは、わたくし存じ上げませんでした」

と、父上が申されました。

「えっ? この方が天河先生?!」

彼は蛇紋国で知らぬ者はない著名な画家であり、陶芸家。

実際にお顔を拝見するのは初めてです……

なんとなく職人肌のようなお方という印象がありましたし、実際に渋い鈍色にびいろのお着物をお召しですが、存外、温和なお顔立ちをされているのですね。

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