第二十帖 灰廉「浴場に暴漢が!」
四月一日。
本日は珊瑚君に渡る日です。
わたくしと一対一での入浴をひどく恥ずかしがる彼女の日は、妃たち全員と入ることになっております。
脱衣所でふと翡翠君に目をやると、彼女は胸元から鮮やかな朱色の御守りを取り出し、籠に入れようとしているところでした。
「そのようなものを身につけておられるのですね。
どこの神社の御守りですか?」
「わたくしの手製にございます」
「て、手製の御守りとは!
どのような願いがこもっているのですか?」
「厄除けですよ。
ふふふふ、わたくし、悪い虫をわんさと呼び寄せてしまうようですので」
それはあなた自身の振る舞いにも原因はあるのでは
……いえ。
仮に楚々と振る舞っていたとしても、彼女が甘い果実をつけそうな芳しく美しい花であることは、きっと隠しきれないでしょうね。
「はあ〜、本日の酒宴は
この面々は、灰廉様と黒曜君以外は若年で飲めませぬ故、一方的に見苦しい酔っ払いを見せつけられましたよねえ」
瑠璃君が吐き捨てるように仰られると、珊瑚君、そしてたいそう楽しそうに振舞われているように見えた翡翠君までもが頷きました。
「まあまあ皆さん、そのようにお顔を顰められましては、美貌が台無しにございますよ。
本日は更衣(ころもがえ)もあり、服だけでなく調度品も夏仕様にするのですから、使用人の皆さんもお疲れになって羽目を外したくなられたのでしょう。
我が家の焼肉や珊瑚君の拉麺が好評を博したり、酔いに苦しむ方々に翡翠君のお薬が活躍なさったり、皆様の御家族も酒宴に来られたりなど、楽しきこともございましたし、よろしいではありませんか」
「紅玉君はよくそのように平常心でいられますね」
「焼肉屋では、お酒を頼まれる方がよくおられたので、慣れっこです」
「あー、なるほど!
わたくしの
単身で運営する屋台では、酔っ払いの相手までは人手不足なので、丁重にお断り申し上げましたが!」
振り向くと、脱衣所に繋がる戸が僅かに開いており、その向こうの十二の
「なっ、なにをなさっているのですかっ?!」
若き六人の男達
……なぜここまで入ってこられたのか
……おや、よく見ると、全員うちの番兵ではありませんか!
「おう、灰廉、お前は
お前みたいなのが若い女独り占めするから、こっちに回ってこねえんだよ」
なるほど、紅潮した頬を見るに
……酒に酔い、
「見つかっちまったか、仕方がねえなあ。
どうせなら襲っちまった方が、みんな恥じて押し黙って、却って露見しねえかもなあ?」
「なっ……!」
わたくしが妃たちを護らなければ!
わたくしさえ押さえ込めば怖くないとばかりに、残り四名は妃達ににじり寄ります。
「ほんとによお……
本来なら、御前ぐらいの女なら余裕で手に入れられるはずなのによお……」
一人が蔑みと好色の入り交じった醜悪な目つきをしながら、珊瑚君に手を伸ばしました
……その瞬間、
「いでーーーっ!」
暴漢の身体は後ろに吹き飛びました。
なんと珊瑚君は、一切の
「な、な、なにすんだ、
というか、脚ふっと、」
「その
それ以上妙な口を叩くと、もう一発入れますよ?」
暴漢の下半身に跨った珊瑚君は、勝ち誇ったような笑みを浮かべました。
「うっ……」
「たしかにお家柄の釣り合いや、
しかし、わたくしは嫁入り道具も用意できないような両親のもとで育ったからこそ、実家の言うことを聞いて結婚する義理など、ないのですよ。
あなた様のような半端な男など、こんな事件を起こさずとも、こちらから願い下げです」
「くそーっ!
これがお妃様の行動かよーっ!」
彼女のこの柔らかさと逞しさを愉しめないとは、実に莫迦で哀れな男です。
「莫迦だなあ。
品位には欠けても、若いのに稼げて料理上手の珊瑚君は、番兵にはもったいない女だろ。
本当に番兵に相応しいのは、
別の暴漢が黒曜君の腕を掴みました。
「女人らしい丸みもなく、年増で、
その上、父親は家督の母親に逆らって幽閉させるわ、御本人は灰廉に危うく矢を当てそうになるわで、父娘で不届者だぜ?」
「どの口が、
そして、なにが年増にございますか!
ならばあなた様は大年増ではありませんか!」
黒曜君は暴漢の左脚を、全体重をかけて引っ張りました。
「ぬっ?!」
……暴漢の脚はやや動かされたのみでしたが、その摩擦で濡れた床が足の裏をしたたかに滑らせ
……暴漢は浴槽に落下しました。
「ぶはあっ?!」
みるみるうちに湯を吸い、重みを増す着物。
暴漢が慌てて上がろうとする、その前に
……黒曜君の両の手足が彼の頭を押さえつけ、ふたたび浴槽に沈めました。
「ぶぐぐぐぐぐぐ!」
彼女の最小限の腕力で仕留める技術を、あっぱれと思いながらも、一歩間違っていれば自身がこのように謀殺されていたかもしれない、と気付き、興奮と恐怖が入り混じり、ひどく胸が高鳴りました。
彼女の秘めた、絡めとるような妖艶さを感じ取れないとは、実に感性に乏しい男です。
「まったく、御前らは卑屈すぎなんだよ。
どうせなら一番良い女をいただこうぜ」
また別の暴漢が瑠璃君に手を
……伸ばそうとしましたが、瑠璃君が手を伸ばす方が早く
……彼女は両腕に桶を持ったまま、舞の動きの如く高速で全身を回転させました。
彼女が一回転する毎に、暴漢の頬に二度、したたかに桶が叩き付けられます。
「いででででっ!」
「ええ……
仮にもお妃様がたが、夫以外の男に裸を見られたどいうのに、きゃー! などと申して恥ずかしがらないのかえ……」
わたくしを前から押さえつけている暴漢が宣いました。
「当然にございましょう。
この状況に於いては、あなたがたは討伐すべき獣でしかありませんし。
ですが、まあ、紅玉君はある意味、人間の男扱いしてくださっているのではありませんか?」
「そ、そうだな……」
彼女は、
「どうしてくれるんですかああ!」
と真っ赤になって
戦略もなにもあったものではない動きですが、あまりの剣幕に、相手は打つ手なし。
「も、も、申し訳ございません、」
「申し訳ございませんで済んだら、
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