第四巻 妃が五人は桃源郷?

第十八帖 瑠璃「負けられぬ百人一首」

はじめての夜伽の折、灰廉様は仰られました。

「着物に長けておられそうな黒曜君に、折り入って御願いいたしたいことがございます……

 父上が舶来品はくらいひんの、百人一首という歌留多かるたを手に入れ、只今絵師に複写させ量産、皇居の土産物屋で販売の予定なので、それをお披露目する催しを行います。

 妃たちをふたつの組に分け、対戦の予定ですが、五名なので余りが出ますよね。

 そこで知性に長けた檸檬を参加させたいのですが、女官なのでそのような華やかな場に見合う装束をお持ちではございません。

 そこで、黒曜君に彼女の装束の柄を考えていただきたいなと……」

「御任せください!」



わたくしが気後れしないよう活躍の場まで用意してくださるとは、実に御優しい方です。

直ちに檸檬色に桔梗柄の着物を考案し、なんと高雅な! 知性的で上背のある檸檬によくお似合いです! と皆様からお墨付きをいただきました。

しかし、発表された組分けと当日の人員配置を見て愕然といたしました。


  金剛帝 灰廉(読み手)

西軍      東軍

翡翠(翠)   檸檬(黄)

瑠璃(碧)   紅玉(紅)

黒曜(黒)   珊瑚(桃)


「帝様も灰廉様も、なにを考えていらっしゃるのだか……

 これではこちらが勝てるわけがないではありませんか!

 自分達は参加しないからと物見遊山気分で、ただただ着物の色合いが綺麗に見える順に女人を並べるなど、ご趣味の悪い!」

灰廉様が珊瑚君に御渡りになっている裏で、瑠璃君はわたくしと翡翠君を自らの殿舎に呼びつけ、大いに不安を漏らしました。


「まことに不平等にございますよね。

 妃というだけあって、わたくしたちの中に愚か者はおりませんが、やはり檸檬の知性は際立っており、恐らく百人一首の内容も知っているという得体のしれなさというか、嫌な確信がございますよね。

 加えて、あちらの方が明らかに上背が高く、当然腕も長く、歌留多を取るのに大いに有利。

 こちらで一番高い黒曜君が、あちらで一番低い珊瑚君より低いなど、競技としてどうかなさってますわ!

 ましてやわたくしなぞ……わたくしなぞ……」

普段は小柄を可愛らしさだと誇っている翡翠君が、珍しくそのことを悔しがりました。


「実はわたくし、妃が紅玉君とふたりのみだった折に、彼女と五十首の歌留多で対戦し、敗北を喫しているのですよ。

 また敗北を重ねるなど、屈辱ですわ!

 どうにかして勝利する方法はないかしら?」

瑠璃君は実に誇り高きお方。

わたくしだって老舗呉服店の娘として、高雅と思われていたいし、恥をかきたくはありません。

そうなると、百人一首とやらの中身を予習するより手立てはありませぬが

……舶来品ならば、書物に情報が載っているかも怪しいところですし、どう予習をすればよいというのでしょう。


「そこで策がございます」

瑠璃君が悪戯な笑みを浮かべました。

「いま、百人一首は、読みを練習するという名目で灰廉様のお部屋にございますよね?

 珊瑚君に御渡りになられている今のうちに、かつて灰廉様の笛を盗み出した実績のある翡翠君に百人一首を盗み出していただき、複写して全員で中身を覚え込むのです。

 そこまですれば、いかに知識人の檸檬でも太刀打ちできないでしょう?」

「わあ、徹底してますね!

 ま、まあたしかにわたくし、そのような気色の悪いことをいたしましたね……

 その技術? を今回は役立てますわ……」


「い、いえ……

 盗みの技術なら恐らく、翡翠君よりもわたくしの方が……」

「ええっ?! 黒曜君が?!」

瑠璃君と翡翠君の声が揃いました。

「え、ええと、幼き頃によくつまみ食いをしたのに、足がついたことがないものですから」

「あら、細身ですし、食物にそんな執着はなさそうですのに、人は見た目によりませんねえ」

瑠璃君は妙なところに感心していた。


「さすが自ら名乗り出るだけあって、持ち出してくるのが御早いですわ!」

翡翠君に目を丸くして驚かれました。

暗殺術がこんなところで役に立つとは!

「さて、手分けして模写いたしますわよ!

 札を束ねている紙が歪まないように、そっと抜き取ってくださいましね!

 まずは一揃い写して、札を返してしまえば完全犯罪ですから。

 その後にふた揃い分模写し、各々で覚え込めばよいのです!」

「物どころか、情報を盗み出すことにまで手慣れておりますのね……」

瑠璃君は半分ひいておりました。

し、しかし……

読まれるのは上の句なのに、探すのは下の句とは、難儀な代物です……

そのものが読まれる五十音の歌留多とは、根本的に違います

……が、だからこそ予習が大きく利くというものです!



百人一首御披露目の催し当日。

「六名もの装束の女人が並ばれると、実に華やかにございますね!」

灰廉様が仰られると、金剛帝もひどくご満悦なされました。

まったく好色な親子よ……と、わたくし、瑠璃は苦々しく思う反面、でもある意味わかりやすくてかわいらしいかもしれない、とも感じました。


開始前に、目の前で紅玉君に一礼されました。

妃がふたりしか存在しなかったあの頃を思い出します。

いまは互いに両隣に二人連れているとはいえ、彼女が最も、容姿、知性、人柄、家柄、どれを取っても大きな穴のない、均整の取れた女人であり、わたくしの好敵手であることは変わらないような気がいたします。

なればこそ、二度までも敗北するわけにはいかないのです。


「由良の門を〜」

灰廉様が平時より高めの声にて読み上げます。

「はいっ」

一首目を手にしたのは檸檬でした。

やはり書庫に百人一首について書かれたものは存在しなかったのに、その上、内気な性格を表すように前髪で眼がほぼ隠れておりますのに、これだけで取れますとは何事ぞ……

灰廉様とそう変わらぬ上背の迫力と、それに伴うかいなの長さ、敵陣に攻め込む勢いの良さ、どこで学んでいるのかという得体の知れなさが混じり、一瞬怖気付きました


……が、

「君がため 春の〜」

「はいっ!」

「あさぼらけ〜」

「はいっ!」

その後は予習が効きまくり、檸檬は十首、紅玉君と珊瑚君に至っては数首しか取れずにわたくしたちの勝利が確定いたしました。

「な、何故なにゆえに……?」

東軍は目を白黒されておりました。

ふっふっふっ。

百人一首で実際に取り合うのは五十首ですから、そちらとて、檸檬が紅玉君と珊瑚君に知識を共有しておれば、きっとよい勝負になりましたのにね。

ご観戦された両親の目の前で恥をかかずに済んで、実に喜ばしいですわ。

両隣の翡翠君と黒曜君と目を合わせ、微笑みを交わし合いました。

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