第十七帖 灰廉・黒曜「倒錯の夜」
「お気付きになっておられませんでしたか?
わたくしは初見であなたさまのことを怪しいと感じた一方で、抗いがたい妖しさを感じてもいたのですよ。
ああ、
「な、な、なにを愚かしいことを
……そのようなことをなされば、御子ができるかもしれないのですよ?!
お気は確かにございますか?」
「教養や芸や所作が優秀な麗しい御子ができて、なんの問題がございますかな?
人間教育は父であるわたくしをはじめ、宮中の者たちで責任を持って行います。
どの妃でもよいからまずは一人わたくしの御子を、というのが総意でございますし、あなたさまの精神が不安定だとお伝えいたしましたから、皆様協力してくださるでしょう」
「わかり……ました……
これほど寛大な措置をいただいた以上、あなたさまの欲するものは全てさしあげますわ……」
罪状を晒され、首を
……お父様の恥辱を思えば
……そして、目の前の灰廉の味わった恐怖を思えば
……今から見舞われる痛み、恥辱、恐怖など、蚊に刺された程度のことでしょう……
なんと皮肉なことでしょう。
洗脳にどっぷりと浸かっており、灰廉を懐柔するために関係を持とうと擦り寄っていた時には夜伽をかわされ、
洗脳が解け、自愛心が芽生えてから求められるようになりますとは
……わたくしは結局、終始この男の思うがまま、
これまでも、そしてこれからも永久に、掌の上で転がされ続けるのです。
もっと普段のように、流し目などをなさっていただきたいのですが……
まあ、そこまでは無理ですよね、なさっても形のみですよね。
自然とそのようや御気分になられますよう、精進せねば、と、灰廉の心身は却って奮い立ちました。
「灰廉様は、何故に、先日殺されかけた相手に、そのような御心持ちになれるのですか……」
「たしかに自身でも不可思議ではありますが
……自分を脅かしていたものに、今や安心して触れることができる、抑圧から解放された快感が溢れ出て止まらない、とでも申しましょうか……」
灰廉の浮かべた不敵な笑みに、わたくし黒曜は、大いなる狂気を覚えました。
「黒曜君も、御父上との長きにわたる御約束、そしてわたくしを殺めなければという重責、罪悪感、隠し事から、解放された御気持ちかでは?」
「た、たしかにそこに関しては左様にございますが
……代わって、今まさにあなたさまという、新たな重圧がのしかかっているではございませぬか」
「重圧どころか、これを楽しみにしてくださる妃もおられるのですけどねえ」
「それは、好き者のあの方と、愛深きあの方だからこそでしょう?!」
「まあ、そこは試してみないことにはわかりませぬよ?
流鏑馬とて、初めは危なく、怖きものだったのではございませんか?」
灰廉は、気味の悪いほど優しげな瞳で見つめながら、わたくしの顔がすっぽりと隠れてしまうのではないかと思うほどの大きな掌で、わたくしの左頬をゆっくりと撫でました。
「あっ……!」
敵なのか、味方なのか。
凌辱行為か、愛の営みか。
屈辱なのか、快楽なのか。
相反するものが入り混じる、倒錯の夜。
「ふふっ……
わたくしのような女に、こうも燃え盛るなんて、おかしな男」
「そう、その表情ですよ
……やはり、わたくしの見込んだ通り、
黒曜君には素質がございますね」
それで良い。
暗殺者として潜り込むと決めた時点で、夜伽をすることはわかりきっていたのだし、
命を惜しんで妃であり続けることを選んだ時点で、この営みとともに生きてゆくと決めた
……ならば、毒を食らわば皿まで。
灰廉様をどこまでも、どの妃よりも深く、わたくしに溺れさせてみせる。
それがわたくしに最後に許された、せめてもの小さな抵抗だ。
「あっ、監視の元なら、御父上とお会いしても構いませんよ。
文をしたためるも構いません、検閲はいたしますが」
「ありがたきことにございます」
御父上に最初、夜伽で懐柔などと教えられた折には、身体を重ねて心が柔らかくなるものかと半信半疑でしたが
……今ならわかります。
素肌を晒し合い、身を預け合えるのは信頼の証、無事に終えた後に心が柔らかくなるのも道理だ、と。
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