料理マスター・石垣ジョウ -復讐のプレリュード-

 異世界料理トーナメント『ギャラクティック・グルメ・グランプリ』決勝戦のスタジアムは、数億の観客が放つ熱気で揺れていた。


「さあさあ皆様お待たせいたしましたァァァッ! ついに、ついにこの時がやってまいりました! 片や、料理界の常識を根底から覆す闇の帝王! ヘドロすらも五つ星レストランのスープに変える禁断の錬金術師! 暗黒料理界の帝王、ボルゾッドォォォッ!!」


 ハイテンションな司会の絶叫に、漆黒のコックコートを纏った大男、ボルゾッドが不気味な笑みを浮かべる。その手には、およそ食材とは思えぬ生ゴミが握られていた。


「そして対するはァ! 嵐のごとく現れた謎の覆面料理人! その正体は誰も知らない! だがしかし! 今! この決勝の舞台で!そのベールを脱ぎ捨てるゥゥゥッ!!」


 観客の視線が一点に集中する。包帯で顔をぐるぐる巻きにしていた男が、ゆっくりとそれを解き始めた。現れたのは、鋭い眼光を持つ東洋系の青年。


「彼の名は……石垣! ジョウ!イシガキ・ジョーーーーッ!!」


 地鳴りのような歓声の中、ジョウはボルゾッドを真っ直ぐに指差した。


「ボルゾッド! 今日この場所で、お前を倒す!」

「フン、面白い。貴様のような若造が、この私に勝てるとでも?」


 ボルゾッドが鼻で笑う。だがジョウは構わず、静かに、しかし燃えるような憎悪を込めて語りだした。


「20年前……あんたは、当時最高の宮廷料理人だった俺の親父に、こう言ったそうだな。『これは私が生涯をかけて見つけ出した、世界で最も美味なペーストです』と」


 ジョウの言葉に、ボルゾッドの眉がピクリと動く。


「親父はあんたの言葉を信じ、それを口にした。だがそのペーストの正体は、ただの犬の糞だった! 食中毒で苦しみ死んだ親父の無念……! 忘れたとは言わせんぞ!」


 そうだ、とジョウは叫ぶ。表料理界の重鎮へと推挙されるはずだった父が邪魔で、当時闇料理界の暗殺者だったボルゾッドが手を下したのだ。


「復讐か。下らん。ここは料理対決の舞台だ。勝者が正義、敗者が悪。それだけの話よ」


 ボルゾッドはせせら笑い、調理を開始した。先ほどまで手にしていた生ゴミを巨大な寸胴鍋に放り込み、黒く濁った液体を流し込む。徹底的に原価と作業コストを削り、それでいて至高の味を生み出す。それが闇料理の真骨頂なのだ。


「喰らえ!『ダブル・ダークマター・コンソメ』だ!」


 おぞましい見た目とは裏腹に、ボルゾッドの料理から放たれる香りは審査員たちの理性を麻痺させた。スプーンで一口すするや否や、審査員たちは椅子から転げ落ち、白目を剥いて天を仰ぐ。


「お、おお……! 脳が、脳が溶けるぅぅぅ! なんだこの多幸感はァ~ッ! ヘドロと古靴下の風味が舌の上でマリアージュし、銀河を創造しているようだァ!」


 食材のステータスが意図的にバグらされているのだ。カンスト値255を叩き出したその味に、審査員たちは悶絶し、次々と召天しかけていた。


「さあ、貴様の番だ。復讐に燃える料理人の息子とやら」


 ボルゾッドの挑発を受け、ジョウは静かに自分の料理を差し出した。それはごく普通の、少し見た目の悪いコーンスープだった。食材もそこらで手に入る変哲もないものだ。


「さあ、食ってくれよ!」


 既にボルゾッドの料理で美食の絶頂に達していた審査員たちは、気乗りしない様子でスプーンを手に取る。


「む……まあ、仕事だからな……」


 代表して審査委員長が一口、スープを飲んだ。

 その瞬間、空気が変わった。いや、文字通り世界が変わった。


 スタジアムの天井を突き破り、天から七色の虹が審査員席に降り注ぐ! 審査員たちの衣服は弾け飛び、なぜか全員が筋骨隆々の肉体美を晒している!審査委員長の禿げ上がった頭からは黒々とした髪が勢いよく再生し、背後では意味不明の大爆発が連鎖した!


「う、う、う、うまいぞおおおおおおおおっ!!!!」


 審査委員長が、20歳は若返ったであろう声で絶叫し、ボルゾッドは初めて狼狽の色を見せた。


「き、貴様……一体、何をした……!?」

「ヒントをくれたのはあんただぜ、ボルゾッド」


 ジョウはボルゾッドを睨みつける。


「あんたは食材の数値をバグらせることができる……俺はそれを、人に適用できないかとこの20年研究してたのさ!」

「なっ……!? 人体をバグらせるだと!? 暗黒料理人ですらそこまで非道なことはせんぞ!」


 ジョウの料理は特殊な食材の組み合わせと調理法により、食べた人間の体内の秘孔を突いて潜在能力を暴走させる。いわば人体そのものをバグらせる料理なのだ。


「ボルゾッド! あんたのカンスト値が8bitの255なら、俺は16bitだ!」


 65535倍の衝撃が審査員を襲う! しかし、仮にも暗黒料理界の帝王は、そんなことで終わらない。


「ククク……面白い! ならばこれだ! 己の全てを注ぎ込み、限界を超えた一皿! 喰らえ!『ザ・オーバーフロー』!!」


 ボルゾッドが作り出したのは、もはや料理というよりは不安定なエネルギーの塊だった。特殊なゴミの組み合わせにより、味覚ステータスのカンスト値を突破し、強制的に桁あふれを引き起こす! それは食べた者の存在自体を破壊しかねない、まさに禁じ手中の禁じ手!


「ならばこれはどうだ!」

「ぬうん! これでも喰らえ!」


 もはやそれは料理対決ではなかった。野菜炒めと生ゴミ煮込みが空中を飛び交い、ビームのように衝突し、爆発する。旨味と旨味がぶつかり合い、スタジアムは半壊した。


 そして、最後のデザート対決。ジョウの「人生リセットプリン」とボルゾッドの「終焉のティラミス~カビ風味を添えて~」が審査委員長の前に並べられた。


 委員長は両者を交互に、恍惚の表情で食べ続けた。一口食べるごとに彼の体は巨大化していく。


「うまい…うまいぞおおお……! どちらも選べぬほどに、うまい……!」


 ジョウとボルゾッドの料理をすべて完食した審査委員長の肉体はもはや人の形を保ってはいられなかった。メキメキと音を軋ませながら膨張する筋肉。それはスタジアムの屋根を突き破り、天を衝く巨人となった審査委員長は口から純粋な「旨味」のエネルギーで構成された灼熱の光線を放った。


「「うぎゃあああああああああああ!!!」」


 審査委員長から下される判定。熱線は石垣ジョウとボルゾッド、二人の天才料理人を跡形もなく消し去ったのだった。


 このあまりにも馬鹿げた事件により、表料理界と暗黒料理界の長きにわたる抗争は奇しくも終止符を打つこととなる。後に伝説の料理人たちはこう語ったとか、語らなかったとか。


 なにごとも、やりすぎはよくないよね。





 <完>

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