第3話 チート能力
白い空間で、俺は転送される直前にミリエルから待ったをかけられた。
「あ、そうだ! スキルの説明をしておかないと!」
「今更かよ」
魔法陣の光が一時的に弱まる。ミリエルは慌てた様子で本をめくりながら説明を始めた。
「あなたに与えたスキルは【ポーション作成】です!」
「ポーション作成?」
「はい! この世界では、ポーションは冒険者にとっても一般市民にとっても必需品なんです。怪我の治療、病気の回復、魔力の補充……様々な用途があります」
俺は眉をひそめた。確かに需要はありそうだが、ポーション作成なんて地味なスキルで本当に楽して稼げるのだろうか。
「でもポーション作成なんて、錬金術師とか薬師とか、そういう専門職がやるものじゃないのか?」
「それが違うんです!」
ミリエルは得意げに胸を張った。
「この世界でポーションを作れる人はとても少ないんです。錬金術師になるには長年の修行が必要だし、薬師も薬草の知識や調合の技術を学ぶのに何年もかかります。だから、ポーションは常に供給不足!」
「なるほど……」
「しかも! あなたの【ポーション作成】は特別製です! 通常の調合なんて必要ありません!」
「どういうことだ?」
ミリエルはさらに得意げになった。
「思い浮かべるだけで作れるんです! 材料も道具も要らない! 頭の中でポーションをイメージすれば、それが実体化します!」
「それ、チートじゃないか」
「えへへ、私の権限をフル活用しました! これなら楽して稼げるでしょう?」
確かに、材料も道具も要らずにポーションが作れるなら、原価はゼロだ。売れば売るほど純利益になる。
「ただし!」
ミリエルが人差し指を立てた。
「制限があります。ランクによって一日に作れる数が決まってるんです」
「ランク?」
「はい。ポーションにはSからFまでランクが設定されています。AからFまでのレア度に応じて作成数を制限していますが……」
ミリエルの表情が少し曇った。
「Sランクは……私の正式な使徒にならないと解禁されません」
「使徒?」
「信者の上位版みたいなものです! 使徒になれば、伝説級ポーションを作れるようになります! 一個で致命傷も完治する凄いやつです!」
俺は首を横に振った。
「信者になっただけでも渋々なのに、使徒なんて絶対に嫌だ」
「ええ〜! でも使徒になれば他にも特典が──」
「いらない」
「うぅ……」
ミリエルがしょんぼりする。しかし、すぐに何かを思いついたような顔になった。
「そうだ! じゃあ、こうしましょう!」
「何だ?」
「私の信者を増やしてください! たくさん集めたら、自動的にあなたを使徒に格上げします!」
「勝手に格上げするな!」
「だって〜! 信者がいないと神様として認めてもらえないんです! セラフィナ様なんて何百万人もいるのに……」
またセラフィナの話が出た。よほどコンプレックスなのだろう。
「それに!」
ミリエルは急に真剣な顔になった。
「私がセラフィナ様と同格の女神だって、みんなに広めてください!」
「は? 同格?」
「そうです! 私だって立派な女神なんです! セラフィナ様に負けてません!」
セラフィナ様というのがどれほどの女神なのかは知らないが、この有り様を見るに負けていると思う……が、俺は指摘しなかった。
「あなたがポーションで有名になれば、『これはミリエル様の加護のおかげです』って言えばいいんです!」
「……」
「もし成果がなかったら……」
ミリエルの目が急に怖くなった。
「能力を取り上げます」
「脅しか」
「それだけじゃありません。呪いもかけます」
「おい」
「一生不幸になる呪いです。転んだり、お腹を壊したり、好きな人に振られたり……」
「それ邪神じゃないか!」
俺のツッコミに、ミリエルは慌てた。
「ち、違います! 慈愛の女神です! ただ、ちょっと厳しいだけです!」
どう見ても邪神だった。
俺は深いため息をついた。この駄女神と関わってしまったのは運の尽きかもしれない。しかし、【ポーション作成】というスキル自体は確かに有用だ。
「……分かった」
「本当ですか!?」
「信者を増やす努力はする。ただし、無理強いはしない」
「それで十分です! きっと私の素晴らしさが伝われば、みんな信者になってくれます!」
その自信はどこから来るのか。俺には理解できなかった。
「あ、そうそう」
転送の準備が再開される中、ミリエルが付け加えた。
「ポーションのランクを上げる方法ですが、たくさん作って、たくさん売って、たくさんの人に感謝されることです」
「経験値みたいなものか」
「そんな感じです! あと、私にお祈りすると、ランクアップが早くなりますよ!」
「それは遠慮しておく」
「ひどい!」
ミリエルがぷくっと頬を膨らませる。その姿は女神というより、子供のようだった。
「それと、向こうの世界での注意事項ですが……」
「まだあるのか」
「ポーション作成のスキルは珍しいので、あまり大っぴらにしない方がいいかもしれません。悪い人に狙われる可能性があります」
「なるほど、気をつける」
「あと、ミリエル様は素晴らしい女神だと宣伝することを忘れずに!」
「それは努力する」
「努力じゃなくて、ちゃんとやってください!」
「はいはい」
生返事をする俺に、ミリエルは不満そうだった。
「もう! せっかく凄いスキルをあげたのに!」
「確かにスキルは感謝してる。でも、信者にされたのは納得してない」
「うぅ……でも、きっと後で『ミリエル様の信者で良かった』って思いますよ!」
「そうなるといいな」
俺の適当な返事に、ミリエルはまた頬を膨らませた。
魔法陣の光が最高潮に達する。転送の時が来たようだ。
「では、行ってらっしゃい! 良い異世界ライフを!」
「ああ」
「そして忘れないでください! 信者百万人! ミリエル様は凄い女神だと広める! 毎日お祈り!」
「多すぎる!」
俺のツッコミを最後に、白い光が視界を覆い尽くした。
意識が遠のく中、ミリエルの声が聞こえた。
「頑張って〜! 私の初めての信者さ〜ん!」
なんとも頼りない女神の声を聞きながら、俺は異世界へと旅立っていった。
ミリエルの信者を増やすという、途方もない任務を背負って。
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