第2話 駄女神ミリエル

 俺の意識は再び光に包まれた。

 次の瞬間、真っ白な空間に立っていた。暗闇から一転、今度は眩しいほどの白さだ。床も壁も天井も、全てが白く輝いている。


「今度は何だ……?」


 そう呟いた瞬間、目の前に人影が現れた。


「きゃああああ! 遅刻遅刻ぅ!」


 突然の叫び声と共に、空間の一部が歪み、そこから一人の女性が転がり出てきた。文字通り、転がってきた。


「いたたた……あ、もう転生者さん来てる!? ちょっと待って、今準備するから!」


 慌てふためく女性を、俺は呆然と見つめた。

 外見は二十代前半くらい。銀色の長い髪に、青い瞳。白いローブに身を包み、頭には小さな光の輪が浮かんでいる。天使か女神といった風貌だが、その慌てぶりは神聖さのかけらもない。


「えーっと、どこに置いたっけ……あ、あった!」


 女性は虚空から巨大な本を取り出すと、パラパラとめくり始めた。が、勢い余ってページが全部めくれてしまい、本が閉じてしまう。


「あああ! どこのページだったっけ!?」

「あの……」

「あ! ごめんなさい、自己紹介がまだでした!」


 女性は本を放り投げると(本は宙に浮いたまま停止した)、胸を張って名乗った。


「私はミリエル! 慈愛と救済を司る女神です! この度はあなたの異世界転生を担当させていただきます!」

「……女神?」

「はい! れっきとした女神です! 信者の数は……えーっと……」


 ミリエルの声が急に小さくなる。


「……ゼロ……いえ、正確には0.5人かな……」

「0.5人?」

「一人いたんですけど、最近お祈りしてくれなくて……もうほとんど信仰が……」


 ミリエルがしゅんとなる。肩を落として、今にも泣きそうな顔をしていた。


「だってセラフィナ様なんて信者が何百万人もいるのに……私なんて……」

「セラフィナ?」

「この世界の有名な女神です! すごく偉くて、美しくて、完璧で……それに比べて私は……」


 俺は頭を抱えた。この女神、大丈夫なのだろうか。


「あの、状況が読めなんですけど。俺はさっきの神様から異世界転生されるって聞いて……」

「あ、はい! オルディス様から聞いてます!」


 どうやらさっきの神の名前はオルディスというらしい。


「転生の手続きをお願いしたいんですが」

「わかりました! ごめんなさい、つい愚痴っちゃって……えーっと、まずはあなたの情報を確認しますね」


 ミリエルは再び宙に浮いた本を手に取り、ページをめくる。今度は慎重に。


「ふむふむ、死因は隕石の直撃……ひぇっ!? 隕石!?」

「オルディスという神様のミスらしいです」

「ああ、なるほど……あの方、たまにやらかすんですよね……私も一回、間違えて雷落とされたことがあって……」


 話が脱線しそうだったので、俺は軌道修正を試みた。


「それで、どういう手続きが必要なんですか?」

「あ、はい! まず、スキルを付与して……あれ? スキルの付与ってどうやるんだっけ……」


 ミリエルは慌てて本をめくる。


「ああもう! なんで私、いつもこうなの!?」

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です! えーっと……あ、そうだ! まず加護を付けないと!」

「加護?」


 ミリエルは説明もそこそこに、俺に近づいてきた。そして突然、俺の額に手を当てる。


「えい!」

「うわっ!? 何を──」


 光が俺の体を包み込む。温かい感覚が全身に広がっていく。


「はい、加護の付与完了です!」

「ちょっと待て! 勝手に何かするな!」

「えへへ、私の加護です! これであなたは私の記念すべき信者第一号!」

「は!? 信者!? 聞いてないぞ!」


 俺は抗議したが、ミリエルは慌てた様子で手をひらひらと振った。


「だ、だって! 加護がないと異世界で生きていけませんし! それに、もう付けちゃったから外せないし……」

「外せないって……」

「外したらセラフィナ様に怒られるんです! 『また転生者を怒らせたの?』って! 前も、前の前も、その前も、みんな私の対応に怒って……」


 ミリエルの目に涙が溜まる。


「結局セラフィナ様が後からフォローしてくださって……『ミリエル、もう少ししっかりしなさい』って……うぅ……」


 俺は深いため息をついた。


「……分かった。加護はそのままでいい」

「本当ですか!?」


 ミリエルの顔が一瞬で明るくなる。


「ただし、条件がある」

「な、なんですか?」

「俺が望んでいたスキルをちゃんと付けてくれ。オルディス様には『楽に稼げるスキル』って頼んだんだ」

「楽に稼げる……」


 ミリエルは考え込んだ。


「目立たず、楽して稼げて、でも人から尊敬されるような……そんな都合の良いスキル……」


 俺は不安になってきた。この女神で本当に大丈夫なのだろうか。

 しかし、ミリエルは突然顔を輝かせた。


「あります! ありますよ! 超絶スペシャルなスキル!」

「本当か?」

「はい! 私の権限で付与できる最高のスキルを組み合わせて……えーっと……」


 またしても本をめくるミリエル。ページをバタバタとめくりながら、ブツブツと呟いている。


「これと……これと……あ、これもいいかも……」

「おい、適当に選んでないだろうな」

「だ、大丈夫です! 私を信じてください!」


 全く信用できないが、もう他に選択肢はない。

 ミリエルは両手を俺に向けて掲げた。


「では、スキルを付与します! 超絶スペシャルな組み合わせ! これで絶対に楽して稼げて尊敬されます!」


 強い光が俺を包み込む。体の奥底から何かが湧き上がってくるような、不思議な感覚。


「はい、完了です! きっと気に入りますよ!」

「ず、随分とあっさりだな」


 不安しかないが、もう後戻りはできない。


「それと……」


 ミリエルは少し恥ずかしそうに指を組んだ。


「私の加護があるから、困った時は私の名前を呼んでください。助けに……行けるかどうか分からないけど……でも、頑張ります!」

「……ああ」

「あと、たまには私のこと、思い出してくださいね? 初めての信者だから……」


 俺は複雑な気持ちになった。頼りない女神だが、どこか憎めない。


「じゃあ、転送しますね!」


 ミリエルが両手を広げると、俺の足元に魔法陣が現れた。複雑な紋様が光を放ち、ゆっくりと回転し始める。

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