第4話 やっぱ若い方がいいよな

 意識が戻った。

 ミリエルの加護によって新しい肉体に転生した俺は、ゆっくりと感覚を取り戻していく。手足の感触、呼吸する肺の動き、心臓の鼓動。全てが正常に機能しているようだ。

 しかし──。


「真っ暗だ……」


 目を開いているはずなのに、何も見えない。完全な暗闇だった。

 手を顔の前にかざしてみるが、それすら見えない。瞬きをしても、目を擦っても、変化はなかった。


「まさか、目が……?」


 不安が込み上げてくる。ミリエルが身体の修復に失敗したのか。それとも、転生の過程で何か問題が起きたのか。

 いや、待て。落ち着いて考えろ。

 耳を澄ますと、虫の音が聞こえる。風が葉を揺らす音も。鼻には土と草の匂い。


「森の中か」


 そして今は夜なのだろう。月明かりもない、真っ暗な夜。それなら何も見えないのも当然だ。

 俺は安堵のため息をついた。


「とりあえず、視覚は大丈夫そうだ」


 しかし、このまま暗闇の中で朝を待つのも不安だ。魔物避けの加護があるとはいえ、何が起きるか分からない。


「そうだ、ポーションを試してみるか」


 俺は地面に座り込み、【ポーション作成】のスキルを試すことにした。

 まずはFランクから。頭の中でポーションをイメージする。すると、手の中に何かが現れる感触があった。

 手探りで確認すると、細長い容器だった。試験管のような形状で、中には液体が入っているようだ。


「これがFランクのポーションか」


 匂いを嗅いでみる。薬草のような、少し甘い香りがした。恐る恐る一口飲んでみる。


「……普通に飲める」


 苦くもなく、むしろ飲みやすい味だった。しかし、特に体に変化は感じない。効果が弱いのか、それとも健康な状態では実感できないのか。

 次はEランク、Dランク、Cランクと順番に作ってみる。どれも試験管のような容器で、味も似たようなものだった。


「Bランクはどうだ?」


 Bランクのポーションをイメージすると、手の中に現れたのは小瓶だった。Fランクより大きく、しっかりとした容器。

 そして──。


「光ってる?」


 暗闇の中で、小瓶がぼんやりと光を放っていた。淡い青白い光。まるで蛍のような優しい光だ。


「……光っている飲み物は抵抗あるけど、これも飲めるんだよな」


 光を頼りに小瓶の栓を開け、中身を飲んでみる。

 瞬間、体に変化が起きた。


「うおっ!」


 全身が温かくなり、力が湧いてくる。疲労感が消え、体が軽くなったような感覚。そして──。


「体が光ってる!」


 自分の手が見える。淡く光を放っている自分の手が。どうやらBランクのポーションには、飲んだ者を発光させる効果もあるらしい。怖っ!

 もう一本作ろうとしたが、できなかった。


「制限は二本までか」


 一本は飲んでしまったので、残り一本しか作れない。貴重品として取っておくことにした。


「最後にAランクを……」


 Aランクのポーションをイメージする。現れたのは、Bランクより更に大きな瓶だった。

 そして、その光は──。


「眩しい!」


 ランタンのような強い光を放っていた。周囲数メートルが明るく照らされる。これなら移動にも困らない。

 もう一本作ろうとしたが、無理だった。


「Aランクは一本だけか」


 Aランクポーションの光は凄まじく、ランタンのように周囲を照らせる。この明かりを頼りに、俺は周囲を確認した。

 予想通り、深い森の中だった。巨大な木々が立ち並び、下草が生い茂っている。獣道らしきものが伸びているが、どこに続いているか分からない。


「とりあえず、高い場所を探そう」


 俺は光るポーションを持って歩き始めた。Bランクのポーションの効果か、体が驚くほど軽い。試しに軽く跳んでみると、普段の倍以上跳べた。


「すごいな、これ」


 調子に乗って走ってみる。木々の間を縫うように、驚異的なスピードで駆け抜けていく。枝を避け、根を跳び越え、まるで森に慣れ親しんだ獣のように。

 しばらく走ると、大きな岩が見えてきた。


「あれに登れば、何か見えるかも」


 岩によじ登る。これも簡単にできた。ポーションの効果は絶大だ。

 岩の頂上から見渡すと、遠くに明かりが見えた。街の灯りだろう。


「あっちか」


 方向を確認し、岩から飛び降りる。普通なら怪我をする高さだが、強化された体は軽々と着地した。

 そのまま街の方向へ走り続ける。

 一時間、二時間と走っても、疲れを感じない。むしろ、走れば走るほど体が軽くなっていくような感覚さえあった。


「ポーションの効果、すごすぎる」


 東の空が白み始めた頃、俺はようやく森の端に辿り着いた。

 木々が途切れ、視界が開ける。目の前には広大な草原が広がっていた。朝露に濡れた草が、朝日を受けてきらきらと輝いている。


「綺麗だな……」


 しばらく見とれていたが、ふと自分の姿を確認して驚いた。


「え?」


 今更ながらに気づいたが、身長が思ったより低い。手足も細い。筋肉はついているが、全体的に華奢な体型だった。


「子供……いや、少年?」


 十五、六歳くらいの体格だろうか。青年というには少し若い。


「まあ、若返ったと思えばいいか」


 深く考えても仕方ない。それより、これからのことを考えなければ。

 草原の向こうには川が流れていた。澄んだ水が朝日を反射している。そして、その更に向こうに──。


「街だ」


 城壁に囲まれた街が見えた。ここからでも、門や見張り塔がはっきりと確認できる。人々の営みが始まったのか、煙突から煙が立ち上り始めていた。


「ついに着いた」


 長い夜だったが、無事に森を抜けることができた。これもポーションのおかげだ。

 俺は空になったAランクポーションの瓶を見つめた。光は既に消えていたが、この瓶は記念に取っておこう。


「ポーションは凄い」


 改めて実感する。これだけの効果があれば、確かに需要は高いだろう。うまくやれば、本当に楽して稼げるかもしれない。

 ただし、ミリエルの言う通り、あまり目立ちすぎないよう気をつける必要がある。


「焦らずゆっくり行こう」


 俺は深呼吸をして、街に向かって歩き始めた。走る必要はもうない。ポーションの効果も薄れてきているが、普通に歩く分には問題ない。

 川沿いの道を進みながら、これからのことを考える。

 まず、街で冒険者として登録する。ポーション作成のスキルは隠しながら、少しずつ信頼を得ていく。そして、ミリエルの信者を……。


「信者か……どうやって集めるんだろう」


 頭を抱えたくなるが、約束は約束だ。

 駄女神の信者第一号として、責任を果たさなければならない。

 朝の爽やかな風を受けながら、俺は異世界での新しい生活に向けて、一歩一歩進んでいった。

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