塩の結晶、鉄の弾丸
2136年11月8日 13時09分
監視外居住帯 関東平野西外縁
瓦礫の丘を降りた2人は、乾いた地面にしゃがみ込んだ。
篠ノ目の掌の上には、白く濁った塩の結晶がいくつも転がっている。
それは都市から「最低限の人道的支援」という名目で送られてくる物資のひとつだった。
居住帯に暮らす者にとっては命を繋ぐ食料でもあり、同時に安っぽい施しの象徴でもある。
水で溶かし一晩もかければ、目に見える大きさになる。
この外縁で子供の数少ない娯楽の一つだ。
「見てろよ」
篠ノ目は指先で結晶を弾く。
次の瞬間、ぱらぱらと飛び散った塩の粒が勢いを増し、
まるで小さな散弾のように錆びた鉄板に当たった。
カチン、と澄んだ音が響き、鉄板に白い粉が散った。
朝比奈は目を丸くした。
「またかよ……どうやったんだ、それ」
「知らねえよ。こうすれば、そうなるんだ」
篠ノ目は得意げに笑い、もう一粒を弾いて見せる。
粒は鋭い角度で飛び、今度は空き瓶の口を正確に撃ち抜いた。瓶がカランと鳴って倒れる。
朝比奈は少し黙った後、自分も試したくなった。
瓦礫の中から鉄くずを拾い上げ、力いっぱいに投げる。
しかし、すぐに失速し、遠くまでは飛ばなかった。
悔しさが喉の奥に詰まり、思わず空を仰ぐ。
「お前はすぐ諦めるからな」
篠ノ目が茶化すように言う。
「違う。俺だって……できるはずだ」
朝比奈は深呼吸して鉄くずをもう一度投げた。
その瞬間、体の奥から突き上げるような感覚が走る。
鉄の塊は空中で不自然に加速し、風を切って一直線に飛び、瓦礫の山の向こうに突き刺さった。
2人は目を見開き、しばらく声が出なかった。
鉄片がめり込んだ跡には、鋭い傷口のような溝が刻まれている。
「……見たか?」
朝比奈の声はかすれていた。
「見た。すげえ速さだった」
篠ノ目は鉄片の突き刺さった壁に駆け寄り、指先でその傷をなぞる。
「威力上がってないか?」
呟いた篠ノ目の言葉に、朝比奈は息をのむ。
自分が今やったことを信じ切れず、けれど体の奥が熱を帯び、確かに「そうだ」と告げている。
物心が付く前から普段身近にある物が操れるようになる異能が多いと聞くが、
支援物資と廃材とは皮肉なものだ。
「他のやつよりも、物騒な異能を持ってしまったんだな」
朝比奈がぽつりと言うと、篠ノ目は黙って頷いた。
秘密を共有したはずなのに、胸の奥は妙に重く沈んでいく。
沈黙の中で風が吹き抜け、2人の髪を揺らした。
遠くで犬が吠える声が響くが、この場には彼らしかいない。
居住帯の大人たちも知らない、小さな秘密がここで生まれてしまった。
「誰にも言うなよ。知られたら……」
篠ノ目は言葉を切った。
都市に行けば、異能はすべて登録され、監視されると聞かされている。
けれど居住帯にいる限り、それは隠しておけるはずだった。
朝比奈は頷きながらも、胸の奥にざわめきを覚えていた。
都市の光を見上げるたびに、「そこへ行きたい」と願ってきた。
だがいま、彼の中にはもう一つの問いが芽生えていた。
――この力を持ったまま、都市は俺を受け入れてくれるのか。
篠ノ目は塩の結晶を握り締めた。白い粉が指先から零れ落ちる。
「俺は、この力で仲間を守る。それだけだ」
「……俺は、もっと違う使い方をする」
朝比奈はそう答えた。何が違うのか自分でも説明できなかった。
ただ2人の間に、すでに別の道が見えている気がした。
夜の帳が下り始め、遠く都市の光が一層強く瞬いた。
瓦礫の遊び場に残された鉄と塩は、ただの残骸に見えたが、
2人にとっては未来を決める証明のように思えた。
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