監視のない夜
2136年11月8日 20時27分
監視外居住帯 関東平野西外縁
監視外居住帯の夜は、都市のそれとは違う。
光の帯もネオンもなく、ただ星と焚き火の明かりだけが闇を裂く。
昼間の喧噪が静まり、かすかに犬の遠吠えや赤子の泣き声が聞こえるほかは、
誰もが眠りに身を委ねている。
朝比奈は薄い毛布をかぶり、錆びついたコンテナの中で目を閉じていた。
隙間風が頬に触れるたびに、体温が奪われていく。
眠ろうとするのに、どうしても眠れない。
頭の中で、夕暮れの鉄片と塩の閃光が何度も再生される。
――あれが俺たちの異能。
心の奥がざわめく。
これまで居住帯で暮らしてきた子供たちは、
物を飛ばしたり弾丸を撃ち出したりはしなかった。
自分と篠ノ目だけが、他の誰よりも物騒な力を持ってしまった。
毛布の端を握りしめる。もし大人たちに知られたらどうなるのか。
都市に連れて行かれるのか、それとも恐れられて追い出されるのか。
答えはどこにも書かれていない。
コンテナの外で砂利を踏む音がした。思わず息を潜める。
誰かが夜更けに歩いている。月明かりに照らされた影がちらりと見える。篠ノ目だった。
「起きてるか」
小声で呼びかけられ、朝比奈は毛布から顔を出した。
篠ノ目も眠れないらしく、火の消えかけた焚き火の前に腰を下ろした。
「昼間のこと、忘れられねえだろ」
篠ノ目の声はいつもの強がりとは違い、かすかに震えていた。
「俺ら、変わっちまったのかもしれない」
朝比奈は焚き火の火種を見つめながら答えた。
「変わったんじゃない。元から持ってたんだ。ただ、今それが出てきただけだ」
篠ノ目は黙り込み、しばらくしてから、小さく別の問いを投げた。
「なあ、俺達ってここに生まれて不幸だと思うか? 生まれは選べないって言うけど」
その言葉が夜に溶ける。朝比奈は少しだけ目を閉じ、言葉を探した。
「わからない。運命ってやつがあるかもしれないし、偶然かもしれない。
でも、生まれは選べなくても、どう生きるかは……選べるんじゃないか」
篠ノ目は息を吐き、笑おうとしたが笑えない。焚き火の赤が彼の顔を揺らし、影が踊る。
「お前はいつもよく言うな、そんなこと」
「言うだけなら簡単だ。けど、俺はここよりマシだと思いたいだけだ。
あそこに行けば、少しは違うかもしれないって、ずっと思ってる」
火はぱちぱちと音を立て、赤い火花が夜空に散った。
その背後には、都市の光が遠くに霞んでいる。
「誰にも言うなよ」
篠ノ目が言う。
「言わない」
朝比奈がすぐ答える。
約束は言葉だけで、重さはまだ子供の肩に絡みつく。
朝比奈は毛布を引き寄せ、夜空に瞬く星を見上げた。監視の目はここにはない。
自由と不安が等しく漂う夜だった。だが篠ノ目の問いは簡単には消えない。
「不幸かどうか」は答えではなく、これから自分たちが何を選ぶかの出発点になるのだと、
朝比奈は薄く確信した。
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