1. 監視外居住帯にて

瓦礫の遊び場

2134年9月4日 11時39分

監視外居住帯 関東平野西外縁


風が鳴っていた。乾いた砂を巻き上げ、鉄屑とプラスチック片の積み重なった丘を撫でていく。


ここはかつて工場だった場所らしいが、今は誰も修理しない骨組みだけが残り、

遊び場と呼ぶには荒涼としすぎていた。


朝比奈 煌真(あさひな こうま)は錆びた鉄筋を剣のように振り回しながら、

瓦礫の斜面を駆け上がる。


足元で空き缶が転がり、乾いた音を立てて転げ落ちる。

彼の視線の先には、瓦礫の山の頂に立つ篠ノ目 漣(しののめ れん)の姿があった。


「おい、遅いぞ!」

篠ノ目は得意げに叫び、手に握った白い塩の結晶を高く掲げる。

「今日の勝負は俺の勝ちだ!」


朝比奈は悔しそうに唇を噛み、肩で息をしながら登り切る。

瓦礫の山の上からは、遠く都市の光がかすかに瞬いていた。

ビルが立ち並ぶはずの輪郭は、彼らの居住帯からは霞のようにしか見えない。


「……あそこが都市か」

朝比奈が呟くと、篠ノ目は鼻で笑った。

「檻だよ。みんな監視されながら暮らしてる。自由なんてない」


朝比奈は首を振った。

「でも、飯はちゃんとあるんだろ?雨漏りのしない屋根と、夜でも光る灯りと……。

 ここよりは、きっとマシだ」


2人の会話は、いつも都市のことに行き着いた。

そこは希望であり、同時に嘲笑の的でもあった。


篠ノ目は手にしていた塩の結晶を指先で弾いた。ぱらぱらと欠片が散り、風に乗って飛ぶ。

その瞬間、周囲に小さな弾丸のように弾け、錆びた鉄片にカチリと音を立てて当たった。


「また勝手にやってるな」

「いいだろ、ちょっとした遊びだ」


朝比奈は鉄筋を投げ上げた。胸の奥に、奇妙な熱が走る。

鉄筋は風に煽られて落ちていく──が、次の瞬間、視界が歪むようにして鉄筋が加速した。

ひゅん、と耳を切る音が響き、遠くの壁に深く突き刺さった。


2人はしばらく言葉を失った。

やがて篠ノ目が口を開く。

「……今の、見たか?」

「ああ」

朝比奈は自分の手を見下ろす。汗ばんだ掌が震えている。


篠ノ目は破片の散った地面を見やり、笑いもしないまま呟いた。

「これが……俺たちの異能ってやつなのか?」


その言葉が、瓦礫の遊び場に重く落ちた。

子供にとってはまだ、力の意味を知るには早すぎる。

けれど2人は、ついに自分だけの異能を持ってしまったのだと、本能で理解していた。


夕暮れが迫る。空は濁った赤に染まり、都市の光がいっそう鮮やかに見える。

「なあ、朝比奈」


「ん?」


「もしあそこに行けたら、俺たちのこと、誰かがちゃんと見てくれるのかな」

篠ノ目の声は風に紛れ、かすかに震えていた。


朝比奈は都市の光を見上げたまま答える。

「見てくれるさ。あそこなら、俺たちのことを忘れたりしない」


しかし、彼らがまだ知らないだけだった。

都市の「視線」は確かにすべてを見ていたが、それは慈しむ眼差しではなく、

秩序を乱さぬための監視の網でしかなかった。


瓦礫の遊び場に、夜の闇が落ちていく。

2人の小さな影は寄り添いながら、その光の檻を見上げ続けていた。

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