第7話 わたしはじゆうだもん
朝の乳搾りと朝食を終えた後、ディーナは屋敷から持ってきた箱を私に差し出した。リボンがかかっている。
「これが、町で買ったプティへのお土産。開けてみて」
「わーい」
リボンを引っ張って放り出し、箱を開ける。
中身は、子ども用のブーツだった。茶色の革製で、かかとはぺたんこ、上の方にベルトがついている。
「あら、上品で素敵ですねえ!」
見ていたカイラが褒める。
「くつ?」
「そう。こうやって、布を詰めて……」
ディーナは何やら、持ってきた布をブーツのつま先の方に詰め、「よし、履いてみて」と私の足下に置いた。
食堂の椅子に座り、脚を入れてみる。両手でうんしょと引っ張り上げたら、かかと(人間から見ると膝の位置にあるように見えるらしい)まですっぽりと入った。
かがみ込んだディーナは観察し、
「一回脱いで。隙間が空かないようにしないとね……」
とぶつぶつ言いながら、私の脚に別の布を巻いて調整した。もう一度履くと、外からベルトを締めてくれる。
「立ってみて」
「うわ……」
ぐらぐらして転びそうになったけれど、ディーナが手を取って支えてくれた。
「人間の子どもがブーツを履いているだけに見えるよ。ちょっと歩いてごらん」
「うー」
よちよちと歩いてみる。
(地面に当たるとこが、変っ)
私の脚はヒヅメが二つに割れているのだけれど、豚などと違ってかなり深く割れている。しかもヒヅメの内側がやや柔らかめ。そんな脚だから地面をしっかりとらえ、高いところに上ることもできるのだ。
靴を履くと、それがすべて覆われてしまう。
(人間って、こんなにまっ平らな底の靴で歩いてるの!?)
「あるくの、たいへんー!」
よたよたして顔をしかめる私に、ディーナは顎に手を当てて考え込む。
「まあ、そう、そうだよね……これで動いて怪我したら元も子もないし」
「モトモコモナイ!」
「意味分かってる? ふふ。よし、脱ぎましょうか」
ベルトを解き、ブーツを脱がせてもらうと、すっきりした。ディーナはブーツを箱にしまい直す。
「他にも考えがなくもないし、また数日お待ちくださいね、姫」
「めいっ」
牧場の見回りをするか、と外に出る。
すると、厩舎の前に伯爵がいるのが見えた。厩務員と話をしていて、こちらに気づいて軽く手を上げる。
ぴょんぴょん跳ねる私と、手をつないだディーナとが近づいていくと、伯爵は微笑んだ。
「ディーナ、プティ」
「お父様、明日の準備ですか?」
ディーナの言葉に彼はうなずき、そして私を見る。
「プティが不思議そうにしているね。簡単に言うと、明日、隣の領地の人が来るんだよ」
「おきゃくさん」
「そう。それで、私とディーナは馬で領地の案内をするから、馬の様子を見に来たんだよ。ついでに、プティの仕事っぷりも見せてもらおうかな」
「プティ、これからうしさん、まもるの!」
「そうかそうか、よろしく頼むよ」
伯爵は私たちの顔を見比べた。
「そうしていると、姉妹のようだね」
「ええ」
ディーナは優しい目で、私を見下ろす。
「本当に、妹みたいで。一緒にいると心が和みます」
「プティ、ディーナの妹になるかい? そうしたら、グリーソン家にずっといてくれるのかな?」
伯爵に聞かれて、私は首を傾げた。
(私は半妖精。人間の家族になれるのかな?)
──あれから何年も過ぎて、あなたの家族は──
ふと、妖精の女王様の声が、記憶の中でこだました。
(家族……あの時、女王様はなんて言ったんだっけ……?)
記憶は断片的で、パズルのようには噛み合ってくれない。もどかしさを感じつつも、私は答える。
「わかんない。でもプティは、ディーナとなかよしだよ」
そう、秘密を守る約束もしたし、今度は町に一緒に行くのだ。別に妹じゃなくたって、一緒にはいられる。
するとディーナは、ちょっと意地悪そうな表情になった。
「私がお嫁にいったら、どうする?」
(お嫁? 男の子なのに?)
不思議だったけれど、とにかくディーナがこの家を出ても、それで縁が切れるとは思わない。
(全く、しょうがないなぁ)
やれやれ、と私はディーナの手を軽く揺らした。
「牛乳くれたら、プティもいっしょにいってあげる」
ディーナと伯爵は顔を見合わせ、ぷっ、と笑い出す。そして伯爵は、私の頭を撫でた。
「なるほど、家に縛るのはおこがましいことだった。プティは自由に、好きな場所や好きな人のところへいって、そこで暮らすんだね」
「いきなりベッドに出現すると、びっくりしますけれどね」
寝る場所すら自由な私に、ディーナは軽く肩をすくめた。
翌日、いつものように朝の乳搾りをし、朝食を食べた後、ディーナは屋敷に戻っていった。お客さんを迎える準備のためだ。
(あっ)
きゅぴーん、と私はひらめく。
(そうだっ、伯爵もディーナも、お客さんと馬で出かけるんだ。お屋敷探検ちゃーんす!)
お客さんは昼頃に到着し、屋敷で昼食をとった後、ディーナたちと馬で出かけていった。夕方まで帰ってこないだろう。
私はさっそく、裏口から入れてもらい、使用人たちの見ていない隙に三階まで上がった。この階は、まだ見ていないのだ。
しかし。
(なぁんだ、お客さんの部屋ばっかり)
ちょっと見て回って、私は少しがっかりする。
三階の部屋はほとんど客室として使っているらしく、しかもお客さんは荷解きをしていないようで、着替えた服がちょっとかけてあるだけ。スーツケースはきっちり閉まっているので、いたずらもできない。
廊下の突き当たりまで行き、窓から見下ろすと、屋敷の裏に二階建ての小さな家が見えた。あちらには使用人たちが住んでいる。
(あっちの家を探検しようかなぁ。でも、みんなけっこう出たり入ったりするんだよね)
迷いながら踵を、いや、ひづめを返した時。
ごとごとっ、と音がした。
(ん? 上?)
天井を見上げて、私は気になるものを見つけた。
天井の一部に、長細くて四角い切り込みが入っているのだ。短い辺に、何かひっかけるためらしき窪みがついている。
(あそこは開く。きっと開く。そんな気がする!)
わくわくしてしまった私は、近くの客室に飛び込み、椅子を持ってこようとした。
でも、この屋敷の椅子はいまいましいことにどれも立派で、つまり重い。私は脚力は強いけれど、力持ちではなく、重いものを運ぶことはできない。まあそもそも、椅子が一つあったところで、私の身長では天井まで届かないし。
(でも開けたい!)
壁を観察すると、大人の腰の高さを境に、下は板張り、上は壁紙が貼ってある。境目には段差があった。そして、廊下の片側には飾り棚が一つ。
(よぉし)
たん! と私は踏み切り、腰壁の段差でジャンプ、飾り棚の上でジャンプ、そして天井の切り込みに頭突きをかました。
ドン!
しゅたっ、と廊下に降り立つ。
すると。
ギ、ギ、ギギ……
切り込みの、窪みがある側が開いて、廊下に降りてきた。
ただの上げ蓋ではなく、内側が階段になっていたのだ。
(屋根裏部屋だー!)
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