第8話 わくわく、やねうらべや!
わくわくが止まらない。
私は、天井から降りてきた階段をたんたんたーんっ、と駆け上がり、一番上の段からぴょこっと頭を出した。ぴこぴこと耳を澄ませる。
やはり、屋根裏部屋だ。天井がやや低く、静かで薄暗い。
奥にカーテンのかかった窓があり、わずかな隙間から光が入っている。
部屋に上がってみた。埃とか蜘蛛の巣などを想像したけれど、思ったより汚れていない。掃除はされているようだ。
また、ごとっ、という音。
薄暗いとはいえ、家具らしきものがいくつかある。けれどどれも小さくて、人とか、人が隠れるような場所は見あたらない。
ごとっ。
私は、ぱちん! と右目を閉じた。
妖精の左目が、ぼやっとした姿をとらえた。白い煙が、渦を巻いているような姿だ。
とととっ、と窓に近寄り、カーテンを開ける。天井が低いので窓も低く、穴にフックをひっかけるタイプの鍵に手が届く。外して、窓を開いた。
さあっ、とそよ風が入り、カーテンがはためく。
私は振り向くと、白い煙の渦を挟んで窓の反対側に回った。
《ポルターガイスト。今日はすぐ下の部屋にお客さんがお泊まりするから、ダメよ。また来なさい》
手をパタパタと振る。
煙は何やら不満そうによじれたけれど、あきらめたのか、窓からすーっと出て行った。
(さてと)
再び振り向いて、明るくなった部屋を見回す。
まず真っ先に、壁に立てかけられた絵が目に入った。家族の肖像画のようで、私の背丈くらいある。
(はくしゃく、若い)
若き日の伯爵が立ち、その横に置かれた椅子に女性が座っている。伯爵夫人だろう。黒髪の、儚げな美人だ。
夫人は膝に、白いおくるみにくるまれた赤ちゃんをだっこしている。赤ちゃんは眠っているようだ。
(この子がディーナか。可愛いなぁ)
養女を迎えたということは、伯爵夫妻には子どもができなかったのだろう。
そう考えてから、「ありゃ?」と私は首を傾げた。
何か引っかかる。
ディーナから聞いた話と、うまく噛み合わないような気がするのだけれど……
(……まあいっか!)
視線をめぐらせると、隅にゆりかごがあった。木馬やおもちゃ箱、絵本など、子どもが遊ぶものもたくさんある。
(もう大きくなったから、ここにしまったのかな。私にくれないかなー、絵本とか)
ゆりかごの中を覗くと、木の人形が寝かせてあった。
あれ、と思ったのは、その作りがずいぶん雑だったからだ。というか、ただ手足みたいな形に枝分かれしている木、という印象である。
伯爵家の子が遊ぶ人形なら、もっと立派なのを与えそうなものだ。
手を伸ばして触ろうとしたところで、階段の下から「あらっ」という声がした。
トントン、と上る音がして、顔を出したのはメイドだ。
「姫! どうやってここに!?」
「ぴょん、してきたよ」
「えええ?」
彼女は焦って駆け寄ってくる。
「ここは旦那様が大切にしているお部屋ですから、下りましょ」
《お屋敷の中は自由に過ごしていいって言ったもん》
「え、何です?」
「えほん、ほしい」
「じゃあ旦那様に伺ってからにしましょうね。さ」
メイドに促されて、私はしぶしぶ屋根裏部屋を出た。
下り口をくぐったところで、一気に廊下に飛び降りる。
「めいっ」
「きゃあ! ……あ、そうだった、姫は高いところ大丈夫なんだった。ああ驚いた、まだ慣れないわ」
メイドは胸を押さえながら下りてくると、飾り棚の後ろに手を入れ、
絵本のことが伯爵に伝わったようで、それから数日して、カイラから「伯爵様からですよ」と絵本を渡された。
でも、それは真新しい絵本で、屋根裏部屋にあったものではなさそうだ。
そこでようやく、
(あそこ、触られたくないんだ)
と私は理解した。
翌日の昼食の時間、新しい絵本を持って、お屋敷に行く。
「はくしゃくさま」
「ああプティ」
伯爵は昼食を終え、お茶を飲んでいるところだった。ディーナはいない。
私は椅子のすぐそばに行って、見上げる。
「ごめんなさい。やねうら、はいっちゃった。もうはいらない。このえほん、ありがと」
「わざわざ伝えに来てくれたのか」
いつものように、伯爵は私の頭を撫でた。怒ってはいないようだ。
「そうだね……あの部屋は床が古くなっているし、もう入らない方がいい」
「めいっ」
私は言うことを聞くと決めた。そして、伯爵の膝に座って絵本を読んでもらった。妖精が出てくるお話で、面白かった。
(でもあの絵、綺麗なのにもったいないな。伯爵夫人を見るのが寂しいのかな)
そこへようやく、ディーナがやってきた。
「お父様、プティに絵本をお読みに? いいわね、プティ」
「ああディーナ、勉強にせいが出るね」
「グリーソン家の娘として、恥ずかしくないようにしたくて」
ディーナは微笑みながら座り、コルムが運んできた昼食に手をつけ始める。
静かな小食堂に、かすかな食器の音が響いた。
「さてプティ、今日はここまでだよ」
伯爵が絵本を閉じて、私をふわりと下ろす。
「えー」
「私もやることがあるからね。じゃあ」
伯爵は私とディーナにうなずきかけてから、小食堂を出て行った。
(……そういえば)
私はふと、思う。
(伯爵とディーナって、あんまり一緒にごはん、食べないなぁ)
朝食はディーナは牧場で食べるし、昼食は今日みたいに時間がずれるのをよく見る。夕食も週の半分は牧場に来ているから、残りの半分ももしかしたら、いつも一緒ではないのかもしれない。
(仲が悪いわけじゃ、なさそうなのにな)
「プティ、こっちに座る?」
ディーナが隣の椅子を引いて、この部屋に常備してある『姫用クッション』を置いてくれた。そこに座ると、様子を見ていたコルムがいったん引っ込んで、果物を持ってきてくれた。
「ねえプティ、あのブーツだけど、もう一回履いてみてほしいの」
「えー」
私が口をひん曲げると、ディーナは笑った。
「大丈夫、前とは全然違うから。領地の職人に頼んで、靴底を抜いてもらったの」
「ぬく?」
「靴底がない靴ってこと。見た目はブーツを履いてるみたいに見えるけど、ひづめがちゃんと地面につくわけ」
「ほおおお」
変な声が出てしまった。
「ディーナ、かしこい」
「あら、知らなかった?」
ふふっ、と、ディーナは伯爵がいるときには見せないような笑顔を見せた。
「え? ディーナ様と伯爵様が、仲が悪いのかって?」
使用人たちの部屋に行って聞いてみると、皆は口々に「そんなことない」と言った。
「まあただ、未だに馴染めないのかもね、ディーナ様が」
「でももう五年になるよ? 養女におなりになってから」
「うーん」
ざわざわと話す言葉を聞いて、私はようやく、変だなと感じた理由に思い当たる。
ディーナが養女になったのは、五年前?
じゃあ……あの絵に描かれていた赤ちゃんは、誰なの?
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