第11話 チラリズムと絶対領域 後編
そこには……あむが唖然とした顔を覗かせ、立っていた。
……あれ? これってもしかして……?
直立全裸の状態のまま切羽詰まった表情で楓の手を取る俺。
絵面だけで言えば最悪、いや犯罪だ。事情を知らない第三者から見れば、尚更。
「は? え……? おちん……ぽ……? おちん、ぽ……、お、お兄ちゃんッ……‼」
あむの視線が俺の素っ裸の身体を泳ぎ、最終的に下半身のソレに収束する。
あんまり兄の恥ずかしい姿をみるんじゃぁない……ぞっ☆、と誤魔化したいところであったが、そうは問屋が卸さない。
あむは般若さながらの顔で俺に駆け寄ってきた。
「⁉ ち、違うんだ、あむ! これは誤解で──グハァッッッ⁉」
あむのフルスイングの鋭利な蹴りが俺のゴールデンボールにシュゥゥゥゥゥゥット‼
キーンッという甲高い音を洗面所に響かせ、俺は意気消沈して俯せに倒れ込む。
あむはそんな俯せの俺に足を乗せ、踏みつけた。
「あのさぁ、鬼気迫る形相で矢野さんにその汚らわしいブツをおっ立てておいて誤解なわけないでしょ。もうちょいマシな言い訳はないわけ?」
蔑視を向けられ、グリグリと背中を抉られる。
うぅ……言い返す言葉もない……。
絵面が絵面なだけに、俺は沈黙してしまう。
あむはそんな俺を見下ろして、ふと思い出したかのように言葉を口にしだした。
「……あ、そういえば矢野さんと綾乃さん、今日天気悪すぎてうちに泊まる事になったから。パパもママは新婚旅行中だしいいでしょ?」
「えぇ⁉ 聞いてないんだけど⁉」
「そりゃあお兄ちゃんが居ない間に決めたからね。……それとも、お兄ちゃんはこんな暴風雨の時に女の子二人を外に放り投げるつもり?」
「いや、そういうわけじゃ……」
あむに気圧され、口籠ってしまう俺。
あむは継続して声を連ねる。
「まぁそういう事だからお兄ちゃんもお泊り会に参加させてあげようかなぁ、なんて思ってた。……けど、こういう事するなら話は別」
「グッ……!」
あむにドンっ! と再度踏みつけられ、俺は身動きが取れず嗚咽を漏らす。
その間にも楓は心配そうにこちらを見ている。
俺は不安がっている彼女に手を伸ばすが……、
「かえ、で……」
「! ほら! 矢野さんは早く逃げて!」
あむが勘付いて楓の背中を押し、廊下へと逃がす。
俺はそれでも楓に手を伸ばし続け、叫んだ。
「ま、待ってくれ楓……! せめて最後に! ぽこちんの答えか……、下着の……色だけでも……」
このままじゃ終われないと、俺は楓に縋る。
すると楓は廊下に出る寸前で足を止め、俺に振り返る。その顔には、何処か朧げな微笑みが浮かべられていた。
「……さっきのケー君の言葉、本当に嬉しかった。……でも、それはそれとして『仕返し』を受けるべきだと私は思う」
「……そんな」
見放された。そう、思った。
次には、楓はあむに気付かれないように片手でゆっくりと制服のスカートを捲りだす。
俺は瞠目した。
「や、止めろ……」
捲れていく度、色白でか細かった太ももの曲線が厚みを帯びていく。今まで隠れていた未知なる絶対領域が露となっていく。
俺は呼吸を荒くし、欲を抑えきれずに視線をその太もも一点に集中させた。そして、楓の真意を理解する。
そうか……これが楓の言っていた……『仕返し』……!
チラリズムを重要視する俺にとって、見せパンとは非人道的に等しい行為である。つまり『仕返し』をするならば見せパンを利用する手はない、という事なのだろう。
身から出た錆とはまさにこの事だなと、俺は口角を引き攣らせる。
「止めて、くれ……、それ以上は……」
「…………」
楓は蠱惑的な琥珀色の瞳を俺に送るばかりで、何も答えてはくれない。
であれば、俺は必死に抵抗する事を選んだ。その為にまずは必死に目を逸らせと己に言い聞かせる──が、身体が言う事を聞かない。まるで何か憑りつかれたみたいに、露出していく太ももから目が離せない。
その瞬間、俺は気付きを得た。
あぁ……そっか……、俺は今……
身体が言う事を聞かないのも、目が離せないのも、全てはそこに
古来より人間は理想郷に焦がれる生き物だ。その理想郷が目の前に現れるとなれば、目と身体が釘付けになるのも無理はない。
俺は
罪は罪なのだ。当事者が『仕返し』をしたいのなら、潔くそれを受け入れるのが定めというものである。
俺は目が充血しようが関係なくカッ! と見開き、瞳孔を瞠った。全ては、
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
荒かった呼吸が過呼吸のように早くなる。やがて俺の双眸に映りだすのは、局部へと繋がるV字路の境目、つまりは
俺はスカートのその先を追い求め、力強く凝視する。
あと少し! あと一歩! あと一ミリ! あと──!
──しかし、突如、ピタリと、楓の手が止まった。
「……え?」
俺は困惑し、首を傾げる。楓の顔を見上げる。
楓の顔には……悪戯心が見え隠れする、気さくな笑みが浮かべられていた。
え……? 何、で……?
俺は呆気にとられ、口を開けて唖然とする。
楓はそんな俺のアホ面を見据えて、囁き声で──
「フフッ……なーいしょっ」
──そう、揶揄った。
楓は告げると踵を返してそそくさと洗面所を後にし、去っていく。
洗面所には、全裸の俺とあむが取り残された。
「え、内緒って……何の事?」
俺と楓の一連のやり取りを知る由もないあむは、訝しむ。
そんなあむの下、俺は倒れ込みながら愕然とした様子で乾いた笑みを漏らした。
「ハハッ……何だ……分かってんじゃん……」
楓らしからぬ悪戯っぽい気さくな笑みが、俺の脳裏に焼き付く。
間違いない、あれは……解っている笑みだ。
それは『仕返し』とは名ばかりの、俺という存在を何処までも理解した楓の気遣いから成るご褒美であった。
つまり俺はずっと、楓の手の平の上で転がされていたという事である。
それを察知した今、俺は己の浅はかさと情けなさを感じ、自分の事を鼻で笑った。
「フッ……チラリズム焦らしプレイとは、参ったな……」
何故この男は全裸でおっ立てながらスカしているんだろう……と、あむの冷ややかなジト目が背中に刺さる。
だが俺はお構いなしに、脳裏に過ぎったある説を口にしだした。
「……いや、待てよ⁉ そもそも楓は下着を付けてないという可能性もあるのでは──!」
「キモい、死ねッ!」
「──ブゴホッッッ‼」
あむは食い気味に罵倒し、俺のブツを渾身の一撃で蹴り上げる。
俺は魚のように跳ね上がり、悶え、次第に意気消沈。
あ……マズ……、意識、が……、
霞んで暗闇に包まれていく視界が望むのは、去った楓の後ろ姿であった。だがその視界の先には、誰も居ない。
それでも、俺のブツは満身創痍ながらも直立だけは絶やさずに、最後まで、楓の行く先へと向いていた。
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