第12話 秘密の女子会
俺の自室は玄関とリビングを繋ぐ廊下の中心に位置し、八畳正方形の洋室となっている。家具はこれというほど置かれておらず、あるのは木造の机と椅子、シングルベッド、巨大な本棚にちゃぶ台など。他は全てクローゼットの中に収納されていた。
我ながら、殺風景な部屋だと思う。
だが今は、そんな殺風景な自室が何よりの拠り所だ。
「うぅ……イテテテ……」
ベッドの上で毛虫のよう這いずり回る俺は、力強く局部を押さえていた。理由は言わずもがな、あむの例の一撃である。
俺は涙目になりながらも必死に痛みに耐えた。しかしあまりの鈍痛故、気になってズボンを下ろして中を確認。
「嘘、だろ……?」
薄暗いズボンの中でも、しっかりとブツは認識できた。……認識できたからこそ、俺は驚愕する。
ブツが……いやどちらかというと玉が、紫色に変色していた。俗に言う痣である。
これじゃあゴールデンボールじゃなくて、パープルボールじゃないか……。
金色から紫にレア度が下がってしまったと、球を見てしょげる俺。
そうして痛みと変色に悩まされて悶絶していると、何やら隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
『それじゃ第一回! 女子会パーティーを始めようと思いまーす!』
『おおー! 女子会!』
『いぇーい』
雀、あむ、楓の順番だろうか。
漏れてくる声自体は霞むほど小さくて判別がつきにくいが、口調やトーンからそう判断する。
俺は『女子会』という言葉に惹かれ、ベッドを転がりながら壁に耳を当てた。
『よーし! やっぱ夏の夜の女子会と言えば、恋バナじゃない?』
『おおー! 恋バナ!』
『いぇーい』
気さくな性格の雀が会話を先導し、それに追随するようにあむが相槌を打つ。楓はもうちょっとやる気を出せ。
俺は各々の反応に時には嬉々とし、時には強く当たる。なんやかんやで、俺も女子会を楽しんでいた。
すると恋バナの話題に俺の名前が上がり、俺はがっつく壁に耳擦り付けて
『え、うちとケン君の恋バナ? もー仕方ないなぁ』
あれ? おかしいな? 俺と雀は付き合ってないぞ?
自分の知らないところで勝手に付き合ってる認定されていた事に、俺は首を傾げた。
流石はあの綾乃雀。ネジの飛び具合は人一倍だなぁ。
雀の素っ頓狂な発言に、俺は寧ろ感心する。もうここまでぶっ飛んでいると、逆に安心するものだ。
『うーん、ケン君とうちの恋バナで言えば、やっぱ追いかけっこかなぁ』
ん? 追いかけっこ? そんなの覚えがないが……。
『うちとケン君ってめっちゃ仲良いじゃん? だからよく校内でイチャラブ追いかけっことかしちゃうんだよねぇ』
?????????
理解に苦しむ。脳が混乱を来す。
え……雀の中では……アレがただの追いかけっこ……?
一体何をどう脳内変換したらアレがそうなるのか。流石は脳内お花畑、今日も満開である。
『もー恥ずいってぇ! はい次! かえっちの番!』
『え、私?』
『うん! ほらほらぁ、ケン君との馴れ初めとかあるんじゃないのぉ?』
『……ケン君との、馴れ初め……』
「ゴクリ……」
予想外の展開に、俺は息を呑む。
楓と俺の馴れ初めだと……⁉
一体、何を語るのか……。
やはり俺からの告白だろうか? 付き合って初めてのデートだろうか? それとも……先程の濃い出来事だろうか……?
うっ……思い出したら玉が……。
ヒュンッとする恐怖の痛みに俺は人知れず悶える。
その間に、雀はゆったりと語りだした。
俺は慌てて耳を澄ます。
『馴れ初めは……全部かな』
『全部、ですか……?』
あむの疑問の声。
楓はそれに答えた。
『そう、ケー君との日々は全部が大切な思い出。だから私からしてみれば、思い出全部が馴れ初めなの』
「⁉」
胸が焼けるようにじんわりと熱くなる。感情が昂ってくる。
俺は痛みも忘れ、感極まった。
楓が、俺との日々をそんな風に思っていたなんて……。
無口で寡黙な女の子と思っていたが、その実は彼氏想いの愛情深い彼女という、さいっこうにギャップ萌えする事実に俺は涙を零しそうになる──が、
『え……あのお兄ちゃんが、そんな……』
「おい」
あむの絶句のような一言によって秒で涙は引っ込んだ。
感動を返せよ! 感動を!
グッと拳を構え、今にも爆発しそうな怒りを抑え込む。
すると楓の『フフッ』という微かな笑い声が聞こえ、続けざまに発せられた言葉に俺は耳を立てた。
『そういうあむちゃんは好きな人とかいなの?』
『え、好き人……? いや~そんな人いないですよ』
『じゃあ強いて言うなら? 強いて言うなら誰?』
グイグイとくるような雀の問いかけ。
それに押されるようにして、あむはしどろもどりに開口する。
『……そ、そうですね、強いて言うなら……昔、お兄ちゃんの事が好きだったぐらいですかね……』
『わぁ』
『え』
雀と楓の困惑の声が聞こえる。
そういう俺も、呆然としていた。
あむが、俺を……?
俺が動揺している束の間、己の失言に気付いたであろうあむから訂正の言葉が発せられる。
『あ! 勿論家族として、ですよ⁉』
『そ、そうだよね……!』
俺も胸を撫で下ろす。
流石に、妹はマズいからな……。
貞操が崩壊しそうだの、性癖は巨乳ですだの胸中で思う俺ではあるが、それでも妹だけは拒絶反応を起こす。
だがそんな安堵する周囲とは裏腹に、楓はきょとんとした声音で告げた。
『何で嘘をつくの?』
「……は?」
俺は混乱のあまり、咄嗟に低い声が出る。
それはあむや雀も同じようで、特にあむはすぐさまその疑問を否定しようとした。
『う、嘘なわけ──ふごっ⁉』
しかし、楓だろうか。声が塞がれる。
『誤魔化しても無駄。私には分かるよ、確かに今は好きじゃなくても……昔は異性として好きだったって事ぐらい』
『……はい、その通りです……』
あむは縮こまった口調で認めた。
信じ難いが、どうやら楓には嘘を見抜く力があるらしい。
楓の異能力まがいな力と、あむが俺を異性として好きだったという事実が頭の中で綯い交ぜとなり、思考が更にこんがらがる。
あむはシュート寸前な俺の脳などつゆ知らず、潔く弁明しだした。
『……お兄ちゃんは昔まで、正義感が強い人でした』
正義感が強い。
その言葉に、俺は唇をかむ。
『誰にだって親切で、困っている人が居ればすぐに助けようとする、そんな自慢の兄があたしは好きだったんです。……でも、あいつは変わった』
憧憬の声音が、どす黒く濁る。
『あいつは突然人が変わったように、傍観者になりだしたんです。人と関わる事を避け、困っている人が居てもそっぽを向く。勿論、家族であるパパとママや、あたしすらも』
不貞腐った様子で、吐き捨てる。
『正直、うんざりしましたよ。「あーあ、あたしはこんな奴を好きになったんだなー」って。ほんと、呆れちゃいますよね』
自虐的に、声が上擦る。次には懐かしむような、寂しげな口調で言った。
『……まぁでも、あたしは昔のお兄ちゃんの事だけは否定しませんよ。正義のヒーローを自称するような自信家で誇らしい、友達想いの優しい兄があたしは好きだったので』
「……っ」
俺は口を引き結び、俯く。
耐え難い苦痛が、忘れたい過去が押し寄せてくる。それらに呑まれ、罪悪感に駆られて、俺は逃れたい一心で言葉を零した。
「ごめ──」
『──それでも、私は今のケー君が好き』
刹那、楓の想いが重なる。
加えて、雀も想いを発した。
『うんうん! 昔がどうだったのかはよく分からないけど、だとしてもうちも今のケン君が大好きだよ!』
「…………」
ハッと、顔を上げる。
胸中に蔓延っていた苦痛や忘れたい過去が、サッと浄化されていく。
その瞬間、微かにだが、俺は心が救われたような気がした。
「……ハハッ、情けないなぁ俺」
嘆息するように呟く。
『……そう、ですか』
あむのたじろぐ声が聞こえる。
やがて隣の部屋ではしばしの閑静が訪れ、気まずい空気が流れ始めた。
そんな空気を破るかのように、あむは声を張って発散しだす。
『あーもう! お兄ちゃんの事考えたらなんかむしゃくしゃしてきた! こうなったら、お兄ちゃんにドッキリを仕掛けてやる!』
「ん?」
嫌な予感がする。
こういう時のあむは、大抵突拍子もない事を言うイメージなのだが……。
『ドッキリ?』
『と言うと?』
雀と楓の純粋な疑問と、背筋を凍らせてゾクゾクと身震いを来す俺。
あむは『フッフッフッ……』という意味深な不敵な笑い声を発し、豪語。
『題して、「お兄ちゃんの寝込みを襲ってみたドッキリ!」です!』
『『「え?」』』
『え?』
『『『「……え?」』』』
三人の動揺が更なる動揺を呼び、重複する。
その瞬間、俺は悟った。
兄が兄なら妹も妹だ、と。
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