第6話 パッションオタク 南雲順平


 貞操は崩壊せずとも性癖は崩壊した俺は喧騒が巻き起こる教室の中で、机に突っ伏してため息をついた。


「はぁ……」

「おやおや? 何やら浮かない様子ですなぁ賢人氏」


 隣から声が聞こえてくる。順平だ。

 順平の声は何やら嬉々としていた。きっとニヤニヤと笑みを浮かべているのだろう。

 俺は気になって顔を上げ、順平に訊く。


「お前は何だか嬉しそうだな、順平……」

「フッフッフッ……それがですねぇ。実は先日爆死したあのあと、運営から十連分のガチャ石が配布されたのでござるよ。そしたらなんと! その十連分のガチャ石でエミリタンとクロ姉をダブルゲットしたのでござる‼」

「ほぇーすげー」

「素っ気な⁉」


 ござる口調も忘れ、順平は鋭くツッコむ。

 順平には申し訳ないが、今はそんな話どうでもいい。

 それもそのはず、俺は先日の楓と雀の一件で頭の中がいっぱいなのであった。

 だがそんな淡白な俺にも、順平はやれやれと手を振っては優しく尋ねてくる。


「全く……そういう賢人氏はどうしたでござるか? 覇気というは覇気がないですぞ?」

「……それが実は──」


 親友としての優しい振る舞いに促され、俺は悩みを語った。

 雀が告白してきた事。楓が雀と「一緒に付き合おう」と言い出した事。その一件から二人に追われる羽目になった事。


 ……うん、改めて考えても本当に意味が分からない。何だこれ。


 とはいえ事実なのだから、俺は大真面目に全てを話した。

 すると順平は……、


「ケッ」

「おーいやめろー? 憎しみの籠った目で俺を見るなー?」

「とまぁ冗談はここまでにしときましてー」

「全然冗談っぽくなかったけど。めっちゃガチの目だったけど」

「クズ」

「もっと酷くなった……⁉」


 普通にガン飛ばして暴言を浴びせてきた。

 俺は見苦しく言い訳を陳ずる。


「す、少なくとも俺はちゃんと断ってるぞ……? でもあいつらが無理強いしてきて……」

「そういうのにはキッッッパリ断ればいいのでござるよ。まぁどーせ賢人氏の事だし、『彼女が二人も⁉ ひゃっほーい!』っとか心の中では思ってるのではないでござるか?」

「うっ……」

「図星でござるか……」


 心当たりがありすぎる順平の言葉はピンポイントで俺の胸を抉る。


 クッ……、だって仕方ないじゃないか。あの巨乳は不可抗力だ。


 俺は開き直った。やがてふとした疑問が脳裏に浮かんで、それを問う。


「……ていうか、オタクなのに嫉妬しないんだなお前。てっきり『羨ましい』とか言い出すものかと」

「うむ……まぁその状況の過酷さは分かってあげられますからな。何かと共感している部分もあるのかもしれないでござる」

「グスッ……お前もぉ苦労してきたんだなぁ……」

「うわっ、賢人氏が泣きついてきた……。気持ち悪いでござる……しっしでござる……!」

「だから酷いって!」


 この親友、鬼だ、悪魔だ、化け物だ。

 俺はありとあらゆる暴言を脳裏に上げて順平にぶつけていく。が、少し冷静になって考えてみた。


 ……まぁでも態度が悪かった親友が突然泣き寝入りしてきたら、まぁそれはきしょいか。


 俯瞰して自分を見てみたら、なんだか悪寒が走ってきた。キツい、確かにめっちゃキツい。

 俺が己の情けない姿に悶絶する傍ら、順平は首を傾げて質問してきた。


「……そもそも、その綾乃雀という方はどうして賢人氏を好きになったでござるか?」

「え」

「え?」

「…………」

「…………」

「……何でだろう?」

「訊くな」


 思い返してみれば、この突拍子もない出来事には起承転結の『起』の部分が存在していなかった。そう、つまりは綾乃雀との出会いが。


 俺は彼女を知らない。けれど、彼女は俺を知っている。きっとその差が、告白されて詰められた時に感じた狂気の正体なのだろう。

 順平は呆れた様子でため息を吐き、口を開いた。


「はぁ……まぁ賢人氏らしいですな……」

「いやいや! マジで知らないんだって!」

「では一目惚れだと? 賢人氏に?」

「何だてめぇ」


 失礼極まりない順平に、俺は握り拳を立てる。

 しかし実際それぐらいしか可能性がないわけで、俺達はしばし黙考した。

 そんな考え込む男子二人に突如、女子生徒が間を割って入り声が掛かる。


「ねぇ国枝、教室の外で綾乃さんが呼んでるよ?」

「げっ……」

「おっ、噂をすればですな」


 黒板側の扉の前で、雀は満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振っていた。

 彼女の気さくで多彩な表情はどんな人とも仲良くなれると言われており、現に教室に居るほとんどの生徒が雀に釘付けとなっている。

 だがそんな太陽のような表情の裏側を、俺は知っていた。


「……『今忙しいから後にして』って伝えて」

「え、でも全然今暇そ──」

「──伝えてっ⁉」

「う、うん……! 分かった……!」


 女子生徒が雀に駆けていく。

 フゥ……と、俺は安堵の息をついた。


 よし、これでひと先ずは……、


「ねぇケンくーん! 一緒に帰ろー!」

「⁉ 普通に入ってきた⁉」


 雀は涼しげな顔で堂々と教室に入室してきた。

 あまりに堂々としているものだから、誰も彼女に注意どころか話しかけもしない。まさに学校一のギャルにだけ許された横暴である。


「おー、大胆不敵とはまさにこの事。流石は学校一のギャルですな」

「冷静に解説してる場合か! なぁ順平! あいつをどうにかしてくれ!」

「えー、それは無理でござるよ。人様の色恋に口出しなど僕にはとても……」

「さっきの話を聞いて色恋に思えるならお前の脳みそは腐ってるよッ!」

「あ、来た」

「えっ」


 眼前に、巨大な胸がズズッと迫る。

 顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべた雀が佇んでいた。


「もーケン君ったらー、無視しちゃ駄目でしょー?」

「ヒッ……」


 屈託のないその表情が、その言動が、逆に怖い。

 やはり、俺は綾乃雀という存在が理解できない。いや、理解したくもなかった。

 俺はすぐさま視線を隣に向けて順平に助け舟を求めるが……、


「大丈夫でござるよ! なんたって賢人氏は、ですからな!」

「おまっ……!」


 薄笑いしながらグッと親指を立てられ、呆気なく助け舟は沈没。それどころか、悪趣味とも言えるような返答であった。

 俺は順平を睨むが、そこへ雀が立ち塞がる。


「ちょっとケン君~? 女の子と喋ってる時に他の人と話しちゃ駄目なんだよっ!」

「……ッ!」


 恐怖から成る焦燥感に駆られて、俺は我慢できず逃げ出す。

 そのまま教室外へと出るが、案の定、雀も走って後を追いかけてきた。


「もしかして追いかけっこしたいの? 全くも―仕方ないなぁ」

「もぉおおおいやぁああああああああああああああ‼」


 化け物だと、俺はその瞬間思う。

 そうして俺の発狂を合図に、貞操を賭けた追いかけっこが始まるのだった。

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