第5話 彼女と彼女(自称)


「う! うちと、付き合ってください‼」

「即落ち二コマァアアア‼」


 昨日と同じ時間帯、同じ屋上で、俺は雀にまたしても怒号を上げた。

 昨日の今日で、俺の声は少しカラカラしている。


「何でなの? ねぇ何でなの? どうして人の言う事聞けないの?」

「だってうち……、ケン君の事好きだし……」

「好きならストーカー紛いな事してもいいわけじゃないよ? あと彼女が居る前でコクるのもどうかと思うよ?」


 俺は呆れながら、柵に寄りかかって本を読んでいる楓を指で示す。

 雀は楓を見ると、シュンと、顔を曇らせた。


「それは、そうだよね……。ごめんなさない……」


 ……まただ。


 俺は昨日と同じ違和感を感じ取る。

 罪悪感なのか、変に常識があるのか、はたまた狂人を演じているだけなのか、その真意は分からない。

 雀から発せられる妙な違和感は、俺の調子を狂わせた。


「……ったく、そうやって謝るぐらいなら、何で昨日の時点で手を引かなかったん──」

「──いいよ」


 俺と雀の対話を食い気味に、か細い声が囁かれる。

 俺は目を見開いて、声の主へと振り返った。そしてその名を呼び、たどたどしく問う。


「……楓? その『いいよ』って、一体どういう……?」

「? それは勿論、『別に付き合ってもいいよ』の『いいよ』だよ?」

「……?」


 俺は首を傾げた。


 ん? 今、『付き合ってもいい』と聞こえたような……? って、幻聴に決まってるか。


 冷静になって、この場に頭のネジがぶっ飛んだ人が二人巡り合う確率を考える。


 そうだ、楓に限ってそんな……ね?


 俺は彼女である楓に絶大な信頼を置き、爽やかな笑みで再び問うた。


「アハハハ、ごめん楓。何て言ったか聞こえなかったん──」

「──『付き合ってもいい』の『いいよ』」

「…………スゥゥゥゥゥゥ」


 空を仰ぎ、口を窄めて息を吸う。

 信じ難い現実を受け入れる時、俺がよくする呼吸法の一つだ。


「そうかそうか、付き合ってもいい……わけないよ⁉」


 受け入れそうになった寸前、俺は正気に戻る。

 そのまま楓に駆け寄り、肩を掴んだ。


「楓⁉ 君までどうしちゃったんだ⁉ 君はそういうタイプじゃ……いや結構そういうタイプだけども!」

「どうしたもこうしたも、これが一番ケー君の為になると思ったから」

「えぇ……」


 一体何をどう思考したらそんな結論に至るのだろうか。

 俺はもはや恐怖に感じて、ドン引き交じりの声を漏らす。

 楓はそんな俺の不安など気にもせず、純粋な琥珀色の瞳で見つめてくる。


「……それにケー君は、そっちの方が燃えるんじゃない?」

「……は? 燃え、る……?」

「そう、好きでしょ? 女の子に好かれるの」

「っ! 好きとかそういう事じゃ──んぐッ⁉」


 楓の人差し指が、俺の反論の言葉を遮る。

 楓は眉間にしわを寄せながら吃驚する俺を見据え、腹を立てて言った。


「ケー君、真面目過ぎ。それじゃ詰まらない」

「……へ? 詰ま、らない……?」

「うん、ケー君はずっと無理に真面目君を演じてて、詰まらない。だからちょっとぐらい、羽目を外してもいいと思う」

「……? つまり俺の真っ当な意見が詰まらなくて、浮気をしてほしいと?」

「そう」

「…………」


 絶句した。


 俺、ちゃんと常識的な事言ってるよな……? えっ、俺がおかしいのか……?


 学校一のギャルと儚げな彼女から成る誘惑は、脳裏に願望を映し出す。

 脳裏に連想させるは、二人の彼女に密着されてムフフな事をされる俺の姿。

 俺は煩悩全開で、昨日身体で感じたマシュマロを思い出す。

 雀によこしまな視線を送った。


「ケン君……、その……視線がいやらしいよ……」

「おっふ……⁉」


 しまった、楓の言葉に流されてつい雀のおっぱいを凝視してしまった……。

 彼女がいる紳士としてあるまじき行為がバレ、俺は冷や汗を流す。


 マズい……このままではこれを口実に詰められて……終わる。


 そうなる前に俺は瞳をかっぴらき、声を荒げた。


「だ、だって仕方ないだろ⁉ 楓があんな事を言った矢先、見ない方が逆に失礼だ! そうだ! そうに決まってる!」

「ケー君、他責はよくないよ」

「あ、はい」


 が、あっけらかんと撃沈。


 クッ……、やはり分が悪かったか。


 スンッと真顔になる俺に、楓は微笑む。


「フフッ、まぁでもそっか。ケー君、おっきいおっぱいが好きなんだね」


 楓は本をポケットにしまい、雀の背後に立つ。そして、その巨大に実った二つの果実を両手で鷲掴みした。


「ひゃっ、ゃ……」

「ちょおっ⁉」


 ガシッと握られた胸は、まるで楓の手を侵食していくかのように沈み、飲み込む。

 楓はそんな雀の胸を揉みながら、蠱惑的な目で誘ってきた。


「綾乃さんを彼女として迎え入れたら、このおっぱいはケー君のものだよ?」

「なっ……、そ、その程度の誘惑で揺らぐわけ……」

「そう? でも勿体なくない? こんなにおっきいおっぱい、これからの人生きっと揉む機会ないよ?」

「っ、それは……」

「あ、んっ……」


 楓の甘い囁き、雀の漏れだす吐息、めちゃくちゃにされている巨乳。

 それらは思春期男子が直面するにはあまりにも刺激的過ぎて、俺は欲という欲をかき混ぜられ、身体が熱く、胸の奥がキュッと締まる。


「本当にいいの? 柔らかいよ? 貧乳の私が言うのもあれだけど、こんなに形が綺麗で張りのあるおっぱいそうそうないよ? 何とは言わないけど多分ピンク色だよ? それはもうヒラヒラと舞う、淡い桜の……よう、な……」

「……?」


 詠唱の如く連ねられていた楓の甘い誘惑は徐々に尻すぼみしていき、消沈。それと同時に顔も俯かせていく。

 俺は何事かと心配になって楓の顔を覗いた。するとポツンっと、地面に一滴が落ちる。


「……グスッ、ヒグッ……」

「泣いてる⁉ え、何……? マジでどうしたの……?」


 突然の涙に動揺し、俺は戸惑いながらも訊く。

 それに楓は悲劇的な告げる。


「だってこのおっぱい……見るだけならまだ耐えれたけど、触っても完璧で……」


 楓は自身の胸と雀の胸を見比べて、そう言った。

 要するにその涙と言葉は、貧乳である楓の嘆きなのだ。であれば彼氏である俺は、そんな嘆く彼女を励ましてあげなければならない。……だというのに。


「…………」


 楓は涙を流しながら、胸を揉み続けていた。それはもうめちゃくちゃじっくり堪能していた。


 何だろうこの子……、ツッコみ待ちなのかな……。


 楓をジト目で見据えてそう悩むが、もうなんかどうでもよくなったのでそのまま進行することにした。


「クッ……つい涙が零れてしまうほどのおっぱいって、一体どんなモノなんだっ……⁉」

「うぅッ……、すっごいぃぃぃ……。このおっぱい、揉み感もすっごいよぉ……」

「ゃ、ん……っ! そ、そこっ、あっ……、ぅ、んっ……!」


 カオスである。

 取り返しがつかないのである。

 もうやけくそなのである。


「ねぇケー君……遠慮は、いらないからぁ……。ズッ……きっと綾乃さんも、喜ぶよ……?」

「だからそういう問題じゃ……って、近づいてきた⁉」


 そっちが来ないならこっちから赴くまでだと、楓と雀は密着しながらすり足で俺に接近してくる。

 胸を揉み揉みとしごかれながら喘ぎ声を零し、半泣き顔のまますり足で近づいてくるその様は、まるで挙動不審の女体版人面ケルベロス。

 ズリズリズリと音を立ててくるそれに、俺は完全に恐怖した。


「ヒィッ……! ま、待った……! まだ綾乃さんが本当に喜ぶかどうかは分からないだろ⁉」


 そうだ、本人から真意を聞きださない限り、断言はできない。

 俺は息を呑み、楓もまた耳を傾ける。

 俺と楓が固唾を呑んで見守る中、雀は頬を紅潮させてはウルウルとした深紅の瞳をこちらに向けて、告げた。


「……うちの身体、貰ってください……!」

「もぉおおおおおお‼ 嬉しいなぁあああ⁉」


 喜びと絶望が綯い交ぜとなった叫喚が上がる。


 どうしてだ、男なら誰だって夢見るセリフだというのに……まったく嬉しくない。


 興奮のこの字もない冷めきった俺の身体は、怯える事しか為す術がなかった。

 やがて俺は後ずさり、壁際へと追い込まれる。


「ね? 綾乃さんもこう言ってるんだし、大丈夫……」

「や、やだ……、あ、ああああああ……」


 眼前に迫った揺れる巨大な乳房に、ガクガクと身震いを来す。

 俺は精神面でも追い詰められ、感情を、思考も、欲望すらも彼女の甘い囁きに支配される。……生きた心地がしないという意味を、この時俺は初めて理解した。そして理解したからこそ、この掌握された感覚が理解できなかった。

 だから俺は──


「はぁ……はぁ……」


 ──自身の貞操を、守る事を選択する。


「う゛わぁあああああああああああああああああああっっっ‼」


 パニック、からの絶叫。

 防衛本能によって発せられたその威嚇の如き雄叫びは、屋上を飛び越え、校舎を、街中を震撼させる。

 俺は無我夢中で声を酷使し、楓たちを突き飛ばした。


「きゃっ!」

「ひゃいっ⁉」


 その間に雀の胸に触れたような気がしたが、俺は己の理性と貞操を守る為、屋上から必死に逃げ出す。


 ……ちなみにおっぱいはマジで柔らかった。マシュマロなんて比じゃないくらい。


 こうして俺は人生で初めておっぱいを触った。あ、性癖は巨乳に変わりました。

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