第4話 やっぱヤベー女 綾乃雀
学校の屋上は開放しているだけあって、比較的綺麗に掃除されている。とは言っても所詮は学校の屋上で、周囲をフェンスで囲んでいる以上にこれといったものはなく、ただただ殺風景で詰まらない。生徒が誰も訪れていないのが、まさにその証拠だった。
屋上に着くと、女の子はしばし沈黙。しばらくすると突然こちらに向き、勢いよく頭を下げては手を差し出し──
「う! うちと、付き合ってください‼」
──一言、そう告げる。
「……へ?」
こうして、俺は人生で初めて告白された。
六十分。長いようで短いその時間で起こった出来事を追想して、思う。
いや……どういう事……?
いやはや思い起こしても、どうしてこの状況に繋がったのか分からない。
親友との談笑、彼女との約束、そして……学校一のギャルによる強引な連れ出し。
うん、マジでどういう事……?
その突拍子もない出来事に、理解し難い頭痛が生じる。
しかし眼前にいる雀と、その雀から告げられた告白は夢のようで本物だ。
であれば、俺はその気持ちに答えなければならない。
「いや俺……『彼女』いるんだけど……」
冷淡に、俺は雀にとって耐え難いであろう真実を口にした。
「そ、っか……」
動揺から声が震えているのがよく分かる。
悲しそう項垂れる雀を見て、俺は心が痛む。
だがこれもまた、青春だ。恋が実る時もあれば、そうじゃない時もある。恋愛とは時に甘酸っぱく、非情なのだ。
そう己に言い聞かせて、自分の中で納得する。そして雀の恋もこれで終わりかと勝手に思っていると……、
「そ! それでもうちは大丈夫だから‼」
「全然だいじょばないよ⁉」
一体、誰が想像しただろうか。
予想外も予想外。まさか、学校一のギャルが愛人宣言をしてくるとは……。
俺は雀を呆れ半分、驚愕半分といった様子で見据えた。
雀は今にも爆発しそうに顔を真っ赤に染めていて、さながらやかんのような蒸気を発している。それでも双眸だけはまっすぐに俺を見つめていて、彼女から確かな覚悟が垣間見えた。
……どうやら、嘘告でも冗談でもないらしい。
俺は正気を疑った。雀の言動を、その行動力を……彼女自身を。
俺が化け物を見るような目で見ていると、雀はお構いなしに接近してきて、切羽詰まった様子で訴えかけてきた。
「お願い! うち、二番目の女でもいいから!」
「だから無理だって!」
「そこをなんとか!」
「無理なものは無理っ!」
「だったらせめてセフレでも~!」
「『だったら』の意味分かってますぅ⁉」
我慢できずに口からツッコみが飛び出てしまう。
正直、怖かった。雀の懇願してくる姿が。常人では考えられない、言わば『二股』を意味するその告白に、俺の理性はどうにかなりそうだった。
……だというのに、当の本人である雀は何のその。まるで自分は間違っていないかのように、一切悪びれずに告白をし続ける。彼女がいると知っても尚立ち向かうその姿は、まるで蛮勇そのもののようであった。だがそんな蛮勇も所詮は倫理に反した、狂気。そんなもの、否定せずにはいられない。
「とにかく何度コクってきても同じだから! それじゃ!」
このままでは気が動転しそうで、俺は堪らず踵を返して逃げ出そうとする。
「ま! 待って!」
そこへ逃がさまいと雀は俺の背中を抱きしめ、拘束。身動きが取れなくなる。
「なっ⁉」
「付き合ってくれるまで、絶対に放さないから‼」
「はぁっ⁉ ちょっと⁉」
冗談じゃない、ふざけるな。
俺はあまりの傍若無人ぶりに胸中で悪態をつき、女の子だろうが関係なく力尽くで引き剥がそうとする。が……、
「いっ⁉」
背中をフワフワとした弾力が襲う。
感じたことのない、そんな感触だった。例えるならば、そう……マシュマロだ。フワフワとしていて、それでいてモチモチともしている。
そんな規格外のマシュマロが、そこにはあった。そしてそれが何なのかは、一瞥せずとも理解できてしまう。
「お前、まさか胸を……!」
言葉責めで駄目なら身体責めかと、俺は感嘆……じゃなくて。
誘惑に負けずに、歯噛みをした。
そうだ、こういう時こそ楓を……!
脳裏に、彼女を浮かべる。理性を、必死に保つ。
だが雀は懇願から身を捻じらせ、今度はその双丘を擦り付けてきた。右へ、左へ、上下へと、こねくり回すように何度もそれを押し付けられる。
そんな感じたことのない天国へと誘う双丘という名の暴力に、俺の理性は完全に崩壊し、思考が停止してしまう。次第に頭の中も真っ白になっていって、気が付けば脳裏に楓の姿はなく、煩悩一色に塗り替えられてしまっていた。
あぁ……こりぇ……しゅごいぃ……。
身体の全神経が背中一点に集中し、意識が、思考が、理性が、完璧なまでに支配される。
支配された思考は踊り、合唱を奏でた。
うぉおおおおおおおおおおおお! 最高! 最高! おっぱい最高!
三々七拍子のリズムで心がおっぱいの弾力で弾み、舞う。さながら、おっぱいトランポリンだ。
そうして俺は浮かれて、ニヤニヤしながらはっちゃけた。しかし、ふとポケットに忍ばせていたスマホが振動し、我に返る。
俺はスマホを取り出し、確認した。
『大丈夫?』
そこには他でもない、楓からのメッセージが。
連続してスマホが振動する。
『何があったの?』
「……!」
愛しの彼女からのメッセージに、俺は正気に戻った。
マジで何してんだ、俺……。
俯瞰して見てみれば、この状況は完全に浮気だ。しかも言い訳できないほどに俺は巨大なおっぱいに憑りつかれ、ムフフオホホと笑ってしまっていた。
そんな欲に負けた自分が情けなくて、彼女を裏切ってしまったという事実が憎くて、俺は尋常じゃない罪悪感に苛まれる。
そうだ、俺はこんな事をしている場合じゃない。
「……ごめん。綾乃さんとは付き合えない……」
「そ、そんな……うちじゃ駄目なの……?」
「うん、やっぱり俺は楓を裏切りたくないよ」
「……そっか」
「……まぁ、そういう事だから」
俺はキッパリと覚悟を見せ、背後を見向きもせずに歩き出す。
……が、雀は拘束を解くどころか、更に強く抱きしめてきた。
あれ? おかしいな? 今のは絶対別れるやつのはずなんだけど。
「……あの、綾乃さん? ここは拘束を解く流れだよ?」
「……うち、負けヒロインだって報われてもいいと思うの」
「それで言ったら綾乃さんはそもそもヒロインですらないんだけど。俺もうヒロインと付き合ってるんですけど」
「だったらうちは愛人枠で」
「急にラブコメから昼ドラに変えんな。視聴者が混乱するでしょうが」
「脚本を担当するのは勿論、ケン君だよ」
「続けんな。あとケン君呼びは止めろ」
遠慮も忘れて、俺は語気を強めて雀にツッコむ。
もうこの際だ、ハッキリ言ってしまおう。
「あのな、流石にしつこいって。いい加減にしないと通報するぞ」
「ヒッ……、そ、それだけは……」
雀は俺の忠告に聞くと、拘束を解いて後ずさる。
「……?」
今まで何を言っても離れなかったあの雀が、たったの忠告一つで離れた……?
明らかな違和感を感じ取り、俺は雀を訝しむ。しかし後ずさった雀は怯えるばかりで、何が何だか分からない。
……もしや何か、警察が絡むと面倒な事でもあるのだろうか?
ふとそんな疑問が脳裏に過ぎるが、解放されたこの機を逃すほど俺も愚かではない。
浮かんだ疑問は何処へやら。俺はポンポンと制服に付いた埃を掃い、後腐れがないように冷淡に言葉を吐き捨てる。
「……まぁとにかく、二度と俺に話しかけてくるな。絶対に、な」
「…………」
傷つけてしまったような、そんな気がした。
……でも、これが雀にとっても、俺にとっても一番マシな終わり方なのだ。
俺は恋愛が生んだ悲劇に目も暮れず、沈黙する雀と入道雲を背にして足早に屋上を後にした。
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