第19話 さよならの前の
タクシーのドアが閉まると、車内はしんと静まり返った。
後部座席の隣に座るエミリーは、スーツケースをぎゅっと抱きしめ、小さく震えていた。
「……大丈夫か?」
シュンスケはそっと彼女の手を取った。
それだけで、エミリーの肩がびくんと揺れる。
「……シュンスケ……」
潤んだ青い瞳が、まっすぐに彼を見つめる。
たまらず、彼は指を強く絡めた。
(泣かせたくないのに……俺が泣きそうだ)
タクシーの窓の外には、東京の街並みが流れていく。
昨日まで、二人で笑い合い、手を繋いで歩いた景色が、今はどこか遠く感じられた。
「……空港、まだ遠い?」
エミリーがかすれた声で聞く。
「うん、まだ30分くらいある」
「そっか……」
沈黙が落ちる。
手を握る力だけが、二人の間を繋いでいた。
「ねぇ、シュンスケ」
「ん?」
「次に日本に来るときは……どこ、連れて行ってくれる?」
「……北海道。雪を見せてやりたい」
「雪……いいなぁ」
エミリーは少し笑い、けれど瞳の奥は寂しさに揺れていた。
「ドイツに帰ったら、すぐ次の旅行計画、立ててもいい?」
「もちろん」
「じゃあ……すぐ立てる」
「待ってる」
シュンスケは彼女の指をそっと撫で、唇に触れそうな距離まで顔を寄せた。
「……行かないで、って言ったら困るか?」
「困るけど……嬉しい」
「……行かないで」
「……」
エミリーは唇を噛み、目に涙を浮かべた。
「行きたくない……」
「……っ」
気づけば、二人の額がそっと触れ合っていた。
車内の運転手は前を向いたまま、何も言わない。
車内は、二人だけの小さな世界だった。
「……私、泣き虫だね」
「……泣かせたのは俺だ」
「でも……幸せだった。全部、幸せだったよ」
「俺もだ……エミリー……」
タクシーは空港の案内板が見える場所へと差しかかる。
残された時間は、あとほんのわずか。
「……シュンスケ」
「ん……」
「最後に……キスしていい?」
「……こっちから、する」
彼はそっと彼女の頬を包み込み、静かに唇を重ねた。
長く、深く、名残惜しむように。
「……だいすきだよ」
「……俺も、だいすきだ」
唇を離しても、額と額は離れなかった。
涙が一筋、エミリーの頬を流れ落ちる。
彼はその涙にそっと口づけ、笑った。
「大丈夫、また会える」
「……うん……」
タクシーは空港のロータリーに入る。
ドライバーがミラー越しに小さく声をかけた。
「到着しました」
現実が、目の前に戻ってきた。
エミリーは大きく息を吸い、涙をぬぐい、笑顔を作った。
「……行くね」
「……ああ」
荷物を降ろし、タクシーから出ると、風が強く吹き付けた。
彼女の金髪がふわりと舞う。
その光景を、シュンスケは胸に焼き付けるように見つめた。
「ありがとう、シュンスケ。……ほんとに、ありがとう」
「……俺も、ありがとう」
彼女は最後にもう一度だけ、彼の胸に飛び込んできた。
強く、強く抱きしめ合い、耳元で小さな声が聞こえた。
「……また、絶対来るね」
「……絶対、待ってる」
(続く)
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