第9話
「……なにしてんだ清子。」
「座ってる。」
「お前も行ってこいよ」
「やだ。」
「………………」
「私はそこまで鬼畜じゃない。」
「…………そうかよ。」
訝しさと嬉しさを混ぜたような声で、鈴木はまた視界を遮断した。
両手のひらで、顔ごと全部。
その仕草がとても可愛いくて、正直な私の心臓は1度だけとくん。と鳴る。
「……やっぱり、飲み物買ってくる。」
「……お願い致します。」
「……お水でよろしいですか?」
「……恐縮です。」
訳が分からなく弱ってきた鈴木の所為で、甘酸っぱい空気に溢れるベンチ。
振り切るよう立ち上がり、園内のフードコートへと向かう。
取引先のサラリーマン同士のようなやり取りを思い返せば、少し笑えた。
人混みの中で、リュックサック型にしたハンドバックを前に中を開ける。
先に財布を手に持っておこうと目的のそれを取りだそうとすれば。財布の隣で沈んでいたスマホが静かに揺れはじめた。
長い振動は着信を知らせていて。
表示されている名前は私の心臓を速くさせて。
「…………もしもし。」
『清子…………やっと出た……』
春湖しか知らない私の秘密。
ほんの数週間前までは、世界でいちばん大切に想えていた相手の声が涙に濡れている。
なんて都合がいい男なんだろう。
なんでこんなにも私の感情を掻き乱してくるのだろう。
「…………なに?」
『清子、好きだよ。』
「………………私はもう違う。」
『俺は清子を愛してる。清子に会いたい。』
「…………っ、」
『ちゃんと会って、それからっ―――』
耐えきれない言葉のオンパレード、伝えてくる想いを無理やり断ち切った。
無情になる遮断音を、素早く遠ざける。
身勝手すぎる相手に、私まで吐きそうになっていた。
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