第33話

「…俺に、出来る事、あるか?」


「…ふふ。ごめん。ないや。」


「…だろうな。」



無邪気に微笑む亜依子の強さに、目の奥が熱くなる。


無力な自分の両手を、重力に従い力なく下げた。




初めて亜依子を見たあの時、亜依子の細い両腕には、赤い小さな斑点が、たくさんついていた。



暗くてよく見えなかったそれの正体が、今はもう、分かる。



誰によってつけられたのかも、今はもう、分かってしまった。





とっさに隠したその行動が、


夏なのに素肌を一切見せない服装が、


スーパーボールの話、曲が、


自らチャッカマンを…火をつけなかったことが、


冷たい缶ジュースを…長年で染み付いた癖のように、


当たり前みたいに身体を冷やすため使っていたことが、


自身が通う進学校をパスポートと比喩したことが、


留学をすることが、


日本を出る詳しい日付を母親に言ってないんだろうことが、



いつも《暗い気持ち》を吸い取る柳の元にいたことが、



亜依子の全てが、物語っているから。





「…晟が、そんな顔することじゃない。」


「…そんな顔?」


「…あたしの母親、弱い女なの。好きな男中心で、生きてる大人。物心ついたときからそうだったから、もう諦めてる。男と上手く言ってないときは、必ずヘビースモーカー。で、あたしが家にいるときは、あたしの腕が灰皿変わりらしいよ?自分以外の人間が、泣き叫んだり痛そうに顔歪めるの見たら、安心するんだって。“苦しいのは自分だけじゃない”って。馬鹿だよね?ただの。ここ何年かは、あたしがもう大した反応しなくなったし、いい男と知り合えたみたいで、全くされないけど。」


「………」


「職業柄か何なのか…外面だけはいいんだけどね。月曜日は、あの人、家に必ずその男連れ込むの。相手は泊まらないまま帰ってくれるから、大体日付跨ぐまでいる。だから、ここで時間つぶしてたんだ。学校終わって、持ってるこの着替え一式にコンビニとかのお手洗いで着替えて、友達の家にお邪魔してその帰り…10時頃からね。さすがに、毎週毎週深夜まで居座れないし。その子に、家庭事情は話してないしさ。あ、この前話に出た、香澄のことなんだけどね?」


「………。」


「…ずっと、昔からのことだよ。だから、晟が悲しそうな顔しなくていい。あんたには、関係ないよ。」


「…ひどいこと言うな。亜依子は。」




きっと、亜依子の体中に、あるんだろう。



幼い頃からつけ続けられた“根性焼き”は。



それは、一生、消えることがないものだ。




…目に見える“傷”も、目には見えない“傷”も。

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