第32話
――――――――――――……
「…あれ。晟。めずらしいね?」
「…何が?」
「あたしより先に、ここにいるの。」
「ああ…確かに。初め、以来だよな」
「そっか。そう、だね。初めて会った日、以来だ」
ベンチに座ることもせず、4週間前と同じく大きな柳の木と対峙するように腕を組み立っていれば、今来たらしい亜依子が隣に並ぶ。
少しでも動けば、亜依子の肩に、俺の腕があたる距離だった。
「いつもは、電車で来てんだよ。昨日、中学からの腐れ縁の奴んとこ泊まってたから、そっから来た。ソイツの家、この公園の近所だしな…あの日も、そうだったけど。」
「ふーん?あ、電車で来るときは、あれか。時間決まってるもんね。だから、いつも同じ正確な時間だったのかあ…」
身につけていた、茶色いレトロなデザインの腕時計を確認する。細く小さな針が指す時刻は、22時03分。
そこから視線を外し、
「亜依子。」
「ん?何?」
ベンチに腰掛けようと足を進ませていた亜依子に、向けた。
藍色の夜。
黄色く輝く月。
大きな柳の木。
その下にあるベンチ。
広く大きな閑静な公園内。
よく分からないオブジェのようなものたち。
なにひとつ変わらないこの場所で、小さく笑う。
「亜依子、留学すんの?」
「…え?」
目の前にいる女も、なにひとつ変わっていない。
服装も髪型も見た目も中身も空気感も、いつも通りだ。
変わったのは、きっと。
【更級亜依子】の【未来】を聞いた、俺だけなんだろう。
「留学、すんの?」
「…うん。するよ。」
「…いつから?」
「…明後日。水曜日に、行く。」
「…俺とは、ここでしか会うつもりなかった?」
「うん。」
「じゃあ、今日で最後か。」
真っ直ぐ、力強い瞳で射抜いてくる亜依子から、顔を背けた。
俯き、重く長い息を吐く。
「…誰から聞いたの?」
「…比沙子さん、知ってるだろ?美容師してる」
「…うん」
「比沙子さん、昨日泊まったソイツの、母親。」
「…どこで繋がってるか、わかんないね。人は。」
俺と同じように思い息を吐き、妙に年寄りめいた感想を述べた亜依子に笑えた。…確かに、変な繋がりだよな。
「家にお邪魔したとき、比沙子さんが職場の≪更級≫さんと話しこんでたのが聞こえたんだよ。≪娘が留学する≫って。その人は≪8月中に行く≫とか言ってたけど」
「………」
「…あの人、亜依子の?」
「うん。母親。美容師。」
顔を上げれば、目の前に、泣きそうな女の子の顔がある。
子どもみたいに、困った表情。
…たぶん、俺も、似たようなものを模っていただろう。
16歳の俺には、どうにも出来なさそうな、現実だったから。
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