第31話

『…こんばんは。』


『…あたし?』


『一応。あんたしか、いないし。』


『まあ…確かに。こんばんは?』



どうしていいか分からず、とりあえず、挨拶を交した。



戸惑いながら相手も、小さく頭を下げてくる。



『…これ、凄いな。』


『ああ…うん。立派、だよね。』


『…よく、見にくんの?』


『うん。毎週月曜日のこの時間は、来てるかも。』


『へえ…』



微笑みながら、当たり前のようにベンチに座る女の動作を見てここの常連だということは、安易に予測できた。



大人にも子どもにも見える、華奢なソイツの隣…人ひとり分の距離を置き、腰掛ける。



『…柳の木のこと、知ってる?』


『…は?』


『柳って、陽木なの』


『ようぼく?』


『太陽の“よう”の“陽”気な“木”で、“陽木”』


『あんた、博士みたいな知識持ってんな…』


『大袈裟…木の辞書てきな本見たら、普通に載ってるから。』


『…普通は、そんな本自体読まねえだろ』


『まあ…そっか?』



結局この日、日付が変わる時間まで、他愛のない話ばかりをすることとなった。



『てか、陽木って何?』


『何って言われたら困るけど…あ、陽木は陽気を纏ってる?から、陰気を吸い取れるらしいよ。』


『陰気…』


『“かげ”の“気持ち”じゃない?暗い、心。…たぶんね。』




柳の木を振り返りつつ、



白いシンプルなTシャツの上、ダークグレーの長袖ロングパーカーを羽織り、黒一色で染められたスキニーパンツ、年季の入ったハイカットスニーカーを身に纏った【更級亜依子】は、そう言って、小さく笑った。




自分の身体全てを、覆い隠した、服装で。

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