第12話

「……………」


「…亜依子?」



初めて、ちゃんと名前を呼んだ気がする。




視線のすぐ先にいる亜依子は、また眉を下げ、困ったような顔で、少しの声も上げずに。



ただ、静かに涙を零していた。




「……………。」




押し黙り、泣いている原因をさっきの時間の中で捜し求めるけれど該当するものがない…というか、分からない。どうしたらいいんだこれ。





何も言えず、凝視したまま身動きひとつしない俺に『ごめん』と誤った後、




「あの…違う。悲しいんじゃないから。嬉し涙。」


「…?」


「晟、いい子だよね…って、いきなり泣くのはよくないか。」




ほろりほろり、音も無く頬を濡らしながら、綺麗に微笑んだ。







…この日、最後まで、結局。



涙の理由も、


俺のどこが“いい子”なのかも、


何が“嬉しかった”のかも、



どれひとつ、訊ねることはしないまま。



なにひとつ、教えられることもしないまま、日付は変わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る