こじつけデート
第9話
⚾️ ⚾︎ ⚾︎ ⚾︎ ⚾︎
結局、それっきりちひろさんから紗莉さん個人の話を進めてもらえることはなかった。勿論、先輩が姿を現すことも無かった。なんたる扱い。
ただ、そんな不備が薄れることになった本日。
1週間の最終日。
「そういえば、これってデートですね!」
「こじつけるなら帰るわよ」
「嘘です」
っていうのが、嘘ですけど。
なんて。ね。
月曜日に控えている理事長のご生誕記念日(名付け親は不明)のため、ちょっとしたプレゼント選びにつきあってもらっているなう、真顔で帰宅を促してくる紗莉さんに真顔で頷く。幾度となく。
やだやだ。
まだ、帰らないでください。
近場にあるショッピングモールから歩いていた、変哲もない住宅街。食べ過ぎたバイキングの代償として至福の散歩タイムを強行停止されないよう大人しく進む。
右手の先で、紗莉さんのアドバイス(消えもので実用的なのがいいんじゃない?)通りのバスソルト入りの袋が揺れていた。
さりげなく、紗莉さんの横顔を盗み見る。とても綺麗で美しくてとにかく綺麗で、速まる鼓動。
けれど同時に、ちひろさんの声が蘇ってきた。
身を滅ぼす、片想い。
不毛な、片思い。
叶わない、片思い。
どうしても並んでしまう言葉に、切なくなる。
って、ダメだダメだ。
せっかく、一緒にいるんだから。
今ここに、居てくれているんだから。
「紗莉さん!このあ、と……」
ぶんぶん、大型犬のように首を振って気持ちを立て直す。紗莉さんの前に回り込んで首を傾げれば、紗莉さんの表情が固まった。
止まった足元。
微塵も動かない、動けない、紗莉さん。
俺に向けられることのなかった視線の先に、振り返る。
「皐月さん……」
「よっ。奇遇だな。」
そこには、つい先日〝はじめまして〟を交わした大人が立っていた。
自慢のお好み焼きを奢ってくれた店主。
ふくふく亭を営んでいる、サツキさん。
紗莉さんの親友の、お兄さん。
「お店、は……」
「ああ、臨時休業。やなんだけどね、こいういうの。」
紗莉さんがしどろもどろになっている姿なんて、初めてだった。
病院帰りだという皐月さんは、利き腕の手首に包帯を巻き付けている。捻挫の代償に、ふくふく亭を臨時休業しなければいけなかったらしい。
説明する皐月さんは、にこやかな笑顔だ。
それでも、どこか淡々としていて、冷たい。
そこかしこにある矛盾を見抜きたくて、押し黙る。
「今日はデートか?」
「え……と、」
「紗莉ちゃんも隅におけないねえ」
「………………。」
皐月さんは、俺の恋心を知っている。
この間、ちひろさんと共に遠慮ないダメ出しを喰らったから。
その相手の名前は、言わなかった。
タイミングもなく、必要性もなかったからだ。
そこに、深い意味はない。
ちひろさんだって、1度たりとも出さなかった。
今思えば、わざと、みたいに。
まるで、何かを試しているみたいに。
紗莉さんが唇を噛み締める。
皐月さんは、不必要なまでに俺と視線を交わさない。
お互いが、誰をも見ていなかった。
「じゃあ、またな。」
皐月さんが去っていく。俺と知り合っていたことを話題に出さないまま。あんなに笑って話して食べた時間を思い出す余裕もないまま。
そういう風に、見えた。
何かに傷ついているように、見えた。
大きな背中は、とても寂しそう。
小さくなって、遠くなって、消えてしまう。
「ごめ、ん……。」
でも紗莉さんは、そんな大人の姿を知ることはない。
控えめな謝罪をして、紗莉さんは屈んだ。
ホロホロと儚く泣きながら、両手のひらで顔を覆った。
「……いえ。大丈夫、です。」
もう、分かったので。
全部が、繋がったので。
俺は、なんとも。
ぜんぜん、だいじょうぶ、です。
人気のない道で、紗莉さんの隣に腰をおろす。触れることもなく、上手い慰めを思い付くわけでもなく、隣にいた。
紗莉さんが深呼吸を繰り返す。
ほんの少し、涙が治まる。
「……紗莉さん、」
「うん?」
彼女の濡れた頬に、太陽が当たってキラリと光った。
いい夕日になりそうな、明るさだった。
それに、
「キャッチボール、しませんか?」
うやむやを終わりにするなら、これ以上なく相応しい景色、だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます