第8話

全速力フルスロットルで足を動かし、走った。バイクの音を頼りにして、バイクを塞き止めてくれる赤信号に初めて心からの感謝をして。


なんとか辿りついたのは、とあるお好み焼き屋さんだった。





〝ふくふく亭〟と書かれた藍色の暖簾が、僅かに揺れている。先輩のお兄さんが営んでいる、これまた有名なお店。








先に店に入った、薄情通り越して畜生な先輩に続く。なんか俺の胸の奥、ひゅーひゅー言ってるんですけど。大丈夫かなこれ。心臓さん永眠したりしないかなこれ。








「あれ、キミ……」


「お、ひさしっぶり……っす、」


「どうしたその呼吸」





肩で息を繰り返しながら、目に付いた座敷席に腰を降ろす。


すると、紗莉さんの卒業式に潜入したとき以来。久しぶりに会った初恋の君が、心配そうに駆け寄ってきてくれた。





是澤ちひろさん。

先輩のお姉さんで、そして。

紗莉さんの、唯一無二の、親友。








「芽衣なにしたの?」


「別に?学校からバイクの後、走って着いてこさせただけだけど?」


「鬼かよ」





ちひろさんから先輩に向けた、明確な指摘。ぶんぶんと頷きながら、手渡された水を一気に飲み干す。


ありがとうございます。優しさが身に染みます。








「俺、芽衣さんにどうしても聞いてもらいたいことがあって」


「……芽衣、もう2階に行ったよ?」


「嘘でしょ?」





がたん、空っぽになったコップを机の端に置く。今日何度目か分からない意を決して、顔を上げた。


そこにはもう、先輩はいなかったけれど。





単なるイジメっすか。なんすか。

泣きますよ。わんわん喚きますよ。





脱力して力尽きて、そのまま壁にもたれる。


夕食には中途半端な時間だからか、他のお客さんがいない環境に甘えて、深く濃いため息を放出した。








「なに?紗莉のこと?」


「…………そうです。」


「また手強いの好きになったよね、キミも。」





瀬うように、仕方ないなあを含んだため息をちひろさんが吐き出す。


近くにあるテーブル席からイスをひとつ持ってきて、目の前に座ってくれた。





ちひろさんが語る、紗莉さんは〝手ごわい〟らしい。


改めて現実を突き付けられたような気がして、少し、沈む。








「分かってます。」


「……そっか。」


「はい。俺バカだけど、それは、知ってます。」





ちひろさんと俺だけの空間。この店の店主は厨房にも見当たらなくて、どこかで休憩でもしているんだと勝手に解釈する。





ちひろさんは、伏し目がちに頷いた。


小さく笑って、そっと口を開く。








「私はね、紗莉の味方だから何とも言えないけど……でも、キミには頑張ってみてほしいな、とも、思う。」


「……どうして?」































「不毛な片想いは いつかきっと 身を滅ぼすから」

































それは、俺のことですか?

彼女の、ことですか?








それとも────





自分自身のこと、ですか?
































不毛な片思い。


ちひろさんが感情を押し殺して呟いたその言葉の真意を。

俺が知り得ることはきっと、ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る