さよならキャッチボール

第10話

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驚く紗莉さんの手を引いて、進む。近場にあった百円均一ショップで、オモチャのようなグローブと野球ボールを購入した。


学生の味方は、いつでも良心的で優しい。





なんて、どうでもいい感想がぐるぐると頭をめぐる。その足で河川敷に向かった。その間、紗莉さんはずっと無言のままだった。








豊かな緑色が、地面いっぱいにどこまでも伸びている。適当なところで、紗莉さんの腕を離した。


グローブのひとつを渡して、紗莉さんと距離をおく。





ボールを投げれば、紗莉さんは受け止めてくれた。


ただただ静かに、キャッチボールを繰り返した。








さっきまでピカピカだった太陽が、案の定、綺麗な夕日へと変わっていく。


空の端っこが、オレンジとピンクが混じったような、不思議な色に染まった。神秘的で、美しい。なんとなく、紗莉さんから与えられる印象に似ていた。








「よく、言ってね?」


「妹にしか、思われてないの。」


「もうずっとずっと、何年もね。」





ぽすん、グローブの中にボールが治まる。その音を聞き慣れてきた頃、紗莉さんは口を開いた。


主語のない話に誰が当てはまるのかなんて、すぐに分かった。俺にでも────いや。


紗莉さんを特別に想っている俺だからこそ、分かった。








紗莉さんは、皐月さんのことが好きらしい。

しかも、もうずっとずっと、何年も。


〝妹〟にしか、想われていないけれど。

それでも、好きらしい。








ふと、去り際の皐月さんの表情を思い出す。





あれは決して〝妹〟を想っての表情、ではなかったけどなあ。








「…………そう、ですか。」


「うん。そうなの。」





でも、教えてあげません。



最初で最後の意地悪です。

ごめんね、紗莉さん。



俺、そこまで〝馬鹿正直〟ではなかったみたいっす。








いつもより、ちょっと頑張る。がんばって、隠し事がバレないように声を貼ってみる。


その所為か、紗莉さんの声も俺の声も、違う人みたいに感じた。自信がありそうで、でも、つつけばすぐにでも崩れ落ちてしまいそうな、強がった声だった。








「正直に言うとね、いったの気持ち、嬉しかった」


「私にはない真っ直ぐさとか、純粋な想いが、羨ましかった」


「でも、やっぱり、やめられないわ」


「今さらだけど、無理みたいだわ」


「やめられるのなら、もうとっくに、諦めてたから」





紗莉さんの言葉を取りこぼさないように、受け入れる。何ひとつ間違わないように、忘れないように、真剣に耳を傾ける。





紗莉さんは、こんなときでも、相変わらず綺麗だ。


そして、誰がなんと言おうとも、誰よりも、カッコイイ人だ。








「ごめんね。」


「きちんと向き合わないで、いったの想いをそのままにして、ごめんね。」


「自分勝手に、ごめんね。」





たぶん、紗莉さんが俺をはっきりと拒絶出来なかった理由は、至ってシンプル。


優しさは、勿論あったかもしれない。


それ以上に、自分と重ねてしまったんだろう。





〝片想い相手〟に振られる痛さや苦しさ、悲しさを、自分と切り離して考えられなかったから。








そんな不器用な紗莉さんを、可愛く思う。


その時点できっと、俺の負けだった。





きっと、紗莉さんはもう俺と会ってくれない。

俺も、紗莉さんにはもう会いに行かない。








それでも伝えたくなかった〝さよなら〟の代わりに、キャッチボールを残す。


終わるタイミングだけは、他の誰でもない自分で、決められるように。

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