第13話

「ちょうど、大手の同業他社から吸収の話が出たんだ。俺としても親父としても、潰すよりは、そこにしがみつく予定。」


「…………うん」


「……ただ、ね。そこの社長令嬢さんがね、俺のこと好きなんだって」


「なにその無駄なモテ期」


「俺も捨てたモンじゃないだろ?」


「ばか。」





ここまでくれば、結末まで読めた話に肩の力を抜く。


顔を上げれば、偉そうに片眉を動かした颯星がいた。から、笑って、注意した。








「もうその社長令嬢さんとね、つきあっちゃってたりする」


「最低。」


「だろ?優雨がこの世でいちばん嫌いな浮気者に仲間入りしちゃったよ」


「クズ。」


「遠慮ないな暴言」


「カス。」


「ごめん」


「ばーか。」


「それはさっきも聞いた」





「優雨、悪口のレパートリー少なすぎだろ」と苦笑する相手の膝を、爪先で軽く蹴る。


颯星に会えることが嬉しくて履いてきた新しいヒール、綺麗で華奢に整った先がこんな所で役に立つとは思わなかった。








「地味に痛いっつーの、それ」


「…………颯星、優絵にぶっ殺されるね」


「……アイツ、昔から優雨贔屓だったもんな」


「うん……あ、星耶くんには?」


「まだ何も。言ってない。」


「私はもう、会わないほうがいい?」


「できれば。」


「簡単に言ってくれますねお兄さん」


「これでも一応、嫌われて罵られる覚悟だけはしてるんですけどね」





膝を曲げ屈み、頬杖をついて颯星を見上げる。


前のめりな体制になり、今度は伏し目がちに笑った相手の額を空いている左手で叩いてみた。





それでも、これといった反応をしないのをいいことに。


そのまま、ふわり、そっと。

優しく頭を、撫でていく。








「……結婚、するんでしょ?」


「……よくお分かりで。」


「守るって決めたら、どんな手を使ってでも遣り遂げる人だって、知ってるからね。」


「……やめろ。」


「星耶くんには、嘘、吐こうよ。」


「………………優雨、怒るぞ。」


「彼氏にいきなり告げられた別れを比較的穏便に了承してなんで怒られるの。それなら私は警察行こうか?」


「…………降参。」


「ざまあみろ。」





小さく震えている颯星の拳に気付かないフリのまま、低く冷たく伝える言葉とは裏腹に、ただ控えめに、撫で続ける。


それを止めるタイミングは、自分で決めた。





動かしていた手を止め両肘を膝へと付き、頬杖を増やす。


自らで自らの顔を支える私を見下ろしてきた颯星の唇は、キツく閉ざされていた。








「私が裏切って、颯星を捨てた。颯星は自棄になって、結婚した。でも、結婚して、幸せになった。」


「…………優雨、」


「最後は、これから颯星が自分でつくっていく未来だけど、きっとそうなるから。星耶くんには、そういう風に伝わるように説明して。」


「でも、」


「でもじゃない。颯星は、いつまでも頼りになる優しく正しいお兄ちゃんでいなきゃ駄目。意味の無い確執とか、小学生の星耶くんに要らないから。」


「…………星耶は、優雨を恨むぞ。好きだから、尚更。」


「それでいい。単なる家庭教師を恨むのと、家族を恨んで悲しい家にするのと、どっちがいいかだけ考えて。」




眉間を寄せ、震えがちで大きな溜息を落とした颯星は、納得できないらしい。


それでも、賢い颯星は、私が望んだ通りに行動していくと確信することにした。











……それなのに。



最終地点に着くゴールが見えてきたところで、一気に目の前は暗くなり。


実感してきた決別に、息は苦しくなる。





たぶん私は、とんでもない大バカ野郎だ。

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