第14話

「…………結婚は、いつするの?」


「……予定では、来年。」


「……早。」


「善は急げって言うし」


「なら、もっと速い段階で教えてよ」


「悪は遅くって……言わないか。」


「なにそれ。私との関係は悪なんかい。」


「違うよ」


「じゃあ、なに」


「優雨と別れることが、悪だった。俺にとってはね」


「……ばーか。」


「3回め。」





腹を括ったのか、穏やかに微笑む相手から視線を逸らし、口角を上げる。




熱が溜まる鼻の先を。

頬を伝う雫を。


既に落ちているものを必死で堪える自分を、酷く滑稽な人間だと思った。





なにも、間違ってなどいない。

誰も、悪くなんかない。



もしかしたら、私は。無意識の内に勝手に、颯星をヒーローにしてしまっていたのかもしれない。


家族だけではなく、大切な相手をも正しく守れる、完璧な男の子だと。


勝手に、思い込んでいたのかもしれない。








「…………優雨、」


「うん」


「………………」


「うん」


「…………頼むから、泣くなよ……」





たくさんの言い訳を並べて、さまざまな屁理屈を重ねて、忙しく思考を働かせる。



それでも、錘が増えたような、強靱な重力にのしかかられているような。


重たい身体には、耐えきれそうもなかった。








「……泣いてないよ」


「うん」


「……泣く理由なんか、ないし」


「うん」





膝に埋めて隠した顔、真っ暗な視界の中で淡々と呟く。


シンプルな相槌が届く距離が近くて、相手が同じような体制になっているんだなと理解した。








「優雨、」


「ん?」


「俺に、してほしいこと、ある?」





優しさ故の、颯星から訊ねられたそれに、心臓は抉られる。



今ならまだ、できるよ。


そう続けられそうな言い方に、唇を噛み締めた。





見えない筈なのに、颯星の表情は手に取るように分かる。


自分に出来ることを探して、考えて。

悪気もなく真剣に、存在している。








「ないよ」





だから私は、私を惨めに思う必要なんて、一切ないのだ。


絶対に。

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