優雨と颯星
第12話
お互いが浮気して、容認して、現状を変える行動さえしない。
そんな張りぼての両親に囲まれて育った私は、同年代の女の子たちよりも遥かに、愛だの恋だのといった一時の浮ついた感情に現実的な瞳を向けていたと思う。
それでも。
「おまたせ、優雨。」
「大丈夫だよ、颯星(はやせ)」
ちゃんと、好きな人はいた。
高校を卒業して、昼はパチンコ店のワゴンレディー、夜は今も続けているビル清掃員としてがむしゃらに働き。
フリーターとして板についてきた、20歳。
7年ほど前まで遡れば、の話だけれど。
「今日も造船がんばりました?」
「がんばりましたよ。親父に横から口煩く言われながら」
「まあまあ。それだけ、颯星に期待して頼りにしてるんだよ。自分の後を継げるのは息子しかいない、って」
「…………はは。」
「…………颯星?」
「いや……そう、だよな。星耶、まだまだ子どもだし。」
ご近所にある公園内で待ち合わせて、全身から疲労感を醸し出す相手の頼もしい腕に、右手を絡める。
高校で出会いつきあい初めてから、さまざまな会話や時間を重ねてきたこの場所は。
それぞれの形で社会人としてがんばる私たちの待ち合わせ場所として、習慣となっていた。
けれど、いつもとは違う颯星の様子に。
小さいけれど、確実に現れた動揺、切なさに。
奇妙な不安を覚え、相手の顔を覗きこむ。
「颯星、」
「てか、星耶と言えばさ。もう優雨、家庭教師しなくていいから。アイツには、俺から伝えるつもり。」
「……え?」
「今日はね、ちょっと、終わろうと思って」
「………………なに、を…?」
「優雨との、関係。」
ある種の日常となっていたものが、この後。
唐突に、終わりを迎えようとしていたことも知らずに。
突き付けられた言葉、
そこに含まれる意味、
2人の、これからを。
考えなければいけないのに、思考は刹那に停止した。
明るい声で、真剣な双眸で、矛盾した雰囲気で見つめてくる颯星から、手を離す。
それでも、距離だけはとらなかった。
白い光を放つ外灯を後ろに、星が輝き月が照る黄色や藍色を上に、数メートル先にあったベンチへと向かう颯星を追う。
そのまま腰を下ろし存分に背中を預け腕組みをした相手の正面に立った。
「…………関係?」
「うん」
「………………」
「優雨、」
「………………」
「…………別れよっか。」
力無く微笑む颯星から、視線を逸らす。
サイズの大きなスニーカー、相手が昔から好きなスポーツブランドのロゴマークは、滲んでいた。
颯星は、こんなことを、ふざけて言う男じゃない。
ましてや、軽い気持ちで、女とつきあう男でもない。
男手ひとつで育ててくれた父親を誰よりも尊敬し、年の離れた弟を誰よりも可愛がり。
自分の夢や希望を塗り潰し押し隠してでも、家族を守る、強い男。
都合いいのか悪いのか、私はそんな相手に、感情を剥き出して詰め寄って理由を聞き出すほど情熱的な女でもなかった。
恋愛にどっぷりと漬かって嵌って、自分を見失えるほど、誰か他人を信用してもいなかった。
それでも、颯星は好きだった。
そんなちぐはぐな私を、颯星は受け入れてくれていた。
「実はね、何年も前から、家の工場の経営は、傾いてた。」
「………………」
「そりゃあね、幾ら昔ながらの技術を守って完璧に仕事してきても、大きな企業には敵わないんだけど。それでも俺は、親父が守ってきたあの工場を未来に繋げていきたい。どっかの会社に取り込まれて、形やスタイルが変わったとしても、ほんの片隅にでも、持続させてやりたい。」
だからこそ、颯星は全てを正直に、話すことを決めていたのかもしれない。
口を閉ざし続きを待つ私を、熱く見つめてくれることはもう、永遠に不可能だったとしても。
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