第2話
ふと、全身に浴びていた雨が止んだ。同時に人の気配を覚えて、目を開ける。ゆっくり、ゆっくり。
ビーチサンダル。
この真冬に?
最初に視界に入ったのは、違和感たっぷりのアイテム。自然に寄る眉間を隠すことなく、目の前に立つ相手を見上げていった。
シワだらけのシャツ。
ロングコート。
無精髭。
くわえた煙草。
ボサボサの黒髪。
気怠そうな、でも鋭い、綺麗な瞳。
私に傘を伸ばす腕も足も背も長くて高くて、怯んだ。男は一切、表情を変えない。自分も濡れたくないのか、傘にはしっかりと守られていて、距離が近かった。
「……家出か?」
男が訊いてくる。家出、と言われて少し悩んだ。近からず遠からず、でも間違いでもないような気がして、気が付けば頷いていた。
「制服で身ひとつ、斬新だな」
男が鼻で嗤う。明らかに馬鹿にされている。怒りも何も、浮かんでこないけれど。
だってもう全てがどうでもいい。
男から意識を外す。放って置いて、の意味を込めてまた背もたれに寄りかかった。
次の瞬間には、そんな些細な強がりなんて飛んで消え去ったけれど。
あろうことか、男は私を担いだのだ。文字通り、米俵を持つみたいに。肩に担いで、淡々と歩き始める。
さすがに吃驚して、慌てて背中を掴んだ。コートにぎゅっと皺が寄る。男は気にもせず、むしろ歩くスピードを速めて更に進んでいく。
「あ、のっ」
「なんだよ喋れんじゃねえか」
「どこっ、に、」
「家だよ。近いんだよ……ほら、着いたぞ。」
男が舌打ちをする。怖くて、微かに肩が跳ねた。それにまた男は舌打ちして、ほんの少し、声を優しく和らげた気がした。
閑静な住宅街。とある一軒家の門を開け、当たり前のように男は中へと入る。どうすればいいか分からなくて、コートを握る両手に力が加わった。
男が玄関を開ける。同時に「光成!神楽!」と誰かの名前を叫びながら、1階にある大きな部屋へと入った。
テレビやローテーブル、ソファー。キッチンにカウンターテーブル、ハイチェア。一頻り揃った家電に細々としたその他の家具。全てがモノクロに統一されていて全てが大きいこの部屋。恐らくリビングと呼ばれる場所は、乱れることなく綺麗に整理整頓されている。誰か潔癖な住人がいるのかもしれない。
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