レンさんは弱虫
第45話
🎸
数年単位で訪れる事務所の契約更新。
もはやルーティンとなった手続き作業を終えて、にゃーあの待つ地下駐車場へと急ぐ。
太陽が燦々と輝くクリスマスイブは、午前中でも浮かれた街並みで溢れかえっているのだろう。
そう思うと、哀しいかな。
かなり憂鬱になった。
いつかの冬、セクハラ親父に肩を組まれた廊下でひとりエレベーターを待つ。
そういえばあのときのレンさん、面白かったな。
昨日の今日で、楽しい思い出に浸れる鋼メンタルに呆れつつも、如何にも私らしいと思っていた。
ぐるぐる回る螺旋階段のような考えを他所に、エレベーターが到達する。
けれど、乗り込もうとしたその箱から思わぬ人物が出てきて、そのまま留まった。
「……どうも。」
「……こんにちは。」
vegetablooseの中で唯一、しっかり会話を交わしたことのない人物。
べじるーにとって、無くてはならない存在。
ボーカリスト。テツさん。
予測不可能な出会しでも、不思議と落ち着けている。
それは、テツさんを覆う圧倒的なオーラと矛盾したマイペース加減が、黙っていても伝わってくるからなのかも知れない。
「……おひとり、ですか?」
「まあ。代表で、社長に挨拶に。」
「里帰りの、件で……?」
「うん……って、なんでそれ?」
「きのう、見ました。生放送。」
「そっか。なるほど。」
強面+高身長+頼もしいガタイをしたテツさんは、印象と裏腹。優しく語りかけるよう、話を交わしてくれる人らしい。
そしてきっと、レンさんと私の関係を、知っている人でもある気がした。
私のどこかから、警報がなる。
これがラストチャンスだよ、と。
レンさんを客観的に知れる何よりの機会だよ、と。
私の“いざというとき”の勘が、フル稼働で呼び掛けた。
「……どんな、方だったんですか?」
主語のない問いかけに、テツさんの表情が固くなる。
視線を逸らさず真剣に、それでも暖かみを含んだ微笑みを向けていた。
「……すごい、女だった。」
「………………」
「誰も代わりはできない、俺たちの、唯一無二だった。」
テツさんから語られる、
vegetablooseにとっての“大切な相手”
何ひとつ零さないよう、何ひとつ逃さないよう、ただただ。
テツさんの言葉に、耳を傾けて。そっと、頷いて。
「…………俺たちが、あの町を離れる前の日。みんなで集まったんだ。まあ、そんなの日常茶飯事だったから、さして特別なことでもなかったけど。……それでも、最後の日、だったから。」
「デビューが決まって、上京する、とき?」
「うん。そしたらレン、譲ったんだよな。しずかと2人きりになる時間。告白、する瞬間。何も言わずに、すって引いて。」
「………………。」
「『哲が無理なら、俺なんか当然無理だったから。』って、理由は後から教えられたことだけど。」
しずか。
テツさんが呼ぶ“大切な相手”の名前には、これ以上ない慈しみが込められていた。
だからこそ、穏やかに腑に落ちる。
しずか、さん。
かつてのテツさん。
そして、レンさん。
ソウさん。
マモルさん。
想いはそれぞれに違えど、心から、愛されていたのだろう。
そして彼女も。
心から、愛していたのだろう。
vegetablooseを。
テツさんを。
ソウさんを。
マモルさんを。
レンさんを。
全ての、覚悟を。
「だから俺には、後悔がない。できる限りのことをしたし、しずかの望みも叶えたし、これからも叶えていく気でいっぱいだから、ちゃんと立ってる。しっかり、生きてる。ソウもマモルも、たぶん、似たような感じだと思う。」
「はい。」
「……どうしようもなく、寂しいけど。」
「…………はい。」
「………………ふぬけたままじゃ、しずかに怒られるから。」
そう言って笑ったテツさんの目尻は、切なく下がっていて。
その虚無感に、必死に塗りつぶしているんだろう痛みに、私が泣きそうになってしまった。
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