第27話

なんせ今日は、バレンタインだし。


昔お付き合いしてた人、とか。

レンさんに好意を寄せている人、とか。





もしかしたら私もいつか、そっち側になるかもしれない。


私にとって、他人事に思えない相手からな気がした。








かたり、と。

珈琲入のマグカップを、テーブルに置く。







「あの…………、」


「ん?」


「…………レンさんは、今まで、」


「なこ?」


「…………なんでもないです。」





スマホを手放し足を組むリラックスモードのレンさんと並んで座った。


けれど、言えない本音に、曖昧に笑って誤魔化す。








今まで、どんな女の人とつきあったの?

なんて、聞けるはずがない。


何より鬱陶しい質問だ。








今まで、誰ともつきあったことのない私には。

レンさんが初めての正式な彼である私には。


明確に理解はできないけれど。








気分を入れ替えるため、1口だけ珈琲を頂く。

味わい深いそれをレンさんに伝えようと横を向いた──ところで。思い出した。








最近の優しさ続きで。

私は大切なことを忘れていた。











そう、レンさんが、隠れサディストであるということを。








「知りたいの?彼女遍歴を?」


「…………とんでもございません。」


「うん。やめといたほうがいいよ。」


「仰る通りで。」


「俺、ちゃんと付き合うの、なこが初めてだから」


「………………」





ぽくぽくぽくぽく────ちーん。


今、この男なんて言った?





なんてことなく告げてきたけど、紐解くとすごいよね?

物凄いことですよね?








「……なんの冗談でしょう?」


「本当だよ。……まあ、やることやるだけのならたくさんいたけど。」


「………………うわ。最低。」


「なこが聞きたがったんでしょ」


「途中でやめたもん」


「結局気になって暫くもやもやするのに?」


「………………」





強気に微笑むレンさんに、アッツアツの珈琲をぶっかけてやろうかと思う。


しないけど。


事務所に迷惑がかかるから。





でも、それでも。

その暴露はいらないよ、レンさん。








レンさんは大人でスマートでカッコ良くてバンドマンで、経験も豊富だろうけれど。


私にいきなりその事実は、荷が重すぎるよ。

レンさん。











レンさんは、手強い。


今もこうして、押し黙る私を分かっていて焦りもしていない。


きっと長い目で見たら、自分は間違ったことをしていないと解っているから。


裏を返せば、私とはきちんと丁寧に付き合ってくれているということでもあるから。


実際に、大切にされている自覚はあるから。





そう、冷静に考えれば分かる。











過去は自由だ。

レンさんの時間は、レンさんだけのもの。


誰にも縛れない。








それでも。

やっぱり。








「…………悔しい。」


「ん?」


「っ、」


「……え、ちょ、なこ、」





がさごそと。呑気に私が渡した紙袋からチョコレートを取り出そうとしている相手の両肩を、力をこめてソファーに押し倒す。


気の抜けていたレンさんは、思ったよりも簡単に仰向けできた。





ぱた、と。

チョコレートが収まった箱が、カーペットに落ちる。











同時に、目をぱちくりとさせたレンさんの唇に、荒々しいキスをお見舞いしてやった。

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