レンさんは意地悪

第8話

🎸











「あの男……今度見かけたら只じゃおかねえぜよ」





明日に控える台詞合わせのため、所持する台本を握りしめる。

ぎしぎしみしみし……音がなってそうな程、込めた力で。

ありったけ。





それもこれも。

全ては1ヶ月前のあの日。

あの夜。


あの“vegetabloose”とかいうバンドでギタリストなんかをしちゃってる男の所為だった。








なんと、あの男。


澄ました顔で私に、この“有須川なこ”に。

出鱈目な電話番号を教えてやがっていたのだ。


なんたる侮辱。

なんたる屈辱。


大人の余裕で純粋無垢な二十歳を弄んだなちくしょー。





未だにその辱めが消えなくて困り果てるのよどうしてくれる。








大河ドラマのヒロイン役に見事抜擢されたこの仕事も、いつもならもっともっと嬉しくてやる気が出て。きちんと集中できるというのに。








「そんな台詞、貴女に割り振られていましたっけ?」


「ううん。ノリで言ってみたの。」


「ああ、そうですか。」


「冷静~。さすが“にゃーあ”だね。」


「貴女の突拍子もない行動、言動には慣れているので。」





後部座席でゴロゴロとリラックス体制全開な私に、ハンドルを握るマネージャーから苦言を呈されてしまった。


機械じみた、温度も容赦もないそれ。


年齢不詳の彼女、通称“にゃーあ”は、私のデビュー当時からずっとマネージメントを担当してくれているベテランさんで。


兄弟姉妹のいない私にとっての、姉、もしくは母。

通り越しておばあちゃんのような相手でもある。








「しかし、その呼び名だけはどうにかならなにものでしょうか。」


「ねえねえ、にゃーあ?」


「せめて聞き入れてはもらえませんでしょうか。」


「やだよ。今さら。にゃーあ。にゃーあにゃーあにゃーあにゃーあに、」


「分かりました結構です。にゃーあ上等です。」





黒縁メガネ。

ロングの髪の毛は後れ毛ひとつない一つ結び。

グレーのパンツスーツを常に愛好。


そしてそして、大きめのセカンドバッグ。

(女が持つのってどうよ)





何年の時間を共に過ごそうとも、ブレのないスタイルや口調、態度は。にゃーあの性質、その全てを醸し出し表していた。

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