第6話
***
ベッドに寝転び、枕を抱える。
あの後、すぐに帰ってきた保健医は私の涙と有名な総長と呆然とつっ立つ男子生徒という異質な組み合わせに混乱しつつも、とりあえず休みなさいと言ってくれた。
でもまだ用事があるからごめんなさいね、と遠矢仁たちを追い出し自分も出ていったさっきを反芻する。
ごろん、とまた寝返りをうった。するとタイミングよく、校舎中に1日最後の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。キーンコーンカーンコーン……と、幼い頃から聴き慣れた音に浸るよう、瞼を閉じる。
お礼、言えなかった。
また、伝えられなかった。
身体の奥を過ぎる後悔に、溺れそうになる。
そんな私を引き摺り上げるよう、コンコン、と控え目なノックが届いた。
保健医が鍵をかけていった扉からじゃない。引かれた分厚いカーテンの先、窓ガラスの向こうから。
少し迷ったけれど、起きてみる。恐る恐る、硬い絨毯に足を降ろして窓の近くまで歩いた。そっと、カーテンを開けてみる。
「(……あ、)」
そこにいたのは、遠矢仁だった。
深く考えることもせず、鍵を回して窓を開ける。外の空気がふわりと舞い込んできて、私の髪をサラサラと撫でた。
「ずっと、言い忘れてた」
遠矢仁が、真っ直ぐ私を見つめる。がさ、と遠矢仁が伸ばしてきた両手には、これでもかと言うほどの花束があった。
戸惑いつつも受け取り、何かを伝えようとしてくる相手を、私も真っ直ぐ見つめる。
逃げずに、向き合った。
「負けないでほしい」
「………………」
「他の男の所為で、泣かないでほしい」
あの事件の後。教室に入れなくなってしまった私は、登校拒否と周りから囁かれるようになって。
幼なじみの本心を知ってしまった後には、とうとう家から出ることも叶わず、ひきこもりと指をさされる状態に陥ってしまった。
受験戦争にも参加せず、学力や出席日数の関係で、この不良校にしか入学できなかった。
けれど高校に通えたのは、高校受験をしようと決意できたのは、温室である自分の小さな世界、家から外に出て、現実世界を生きれるようになったのは。
「ずっと、好きだった。」
遠矢仁の、お陰だった。
私への優しい想いを告白してくれている、今この目の前にいる相手がいたからだった。
毎日毎日、私の家のポストへと、プリントや課題をこっそり入れてくれた遠矢仁がいたから。
それでも出て行けなくて、ありがとうと言えなくて、窓から見下ろすばかりだった私を責めず、さり気なく助け続けてくれた遠矢仁がいたから。
私はこうして、今、ここにいた。
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