百本の花束を、君に。
第2話
***
不良校だと思う。
私が通っている高校を、簡単に言ってしまえば。
地元に名を馳せた暴走族グループの所属者たちは湧き出た泉のようにいるし、そうでなくても同じような見た目で校内を練り歩いているのが大半だ。それが全体の7割を占めている男子生徒の特徴。
残り3割の女子生徒は、暴走族グループのトップに擦り寄ろうと試行錯誤している者か、髪や制服を自由に着こなし単純に自己をアピールしたい者、はたまた学力が及ばすここに入学するしかなかった者に分けられる。
大体は、の話になるけれど。
人気のない廊下で足を止める。絵に書いたような赤い夕焼けが校内を染めている。見事なまでの青春を演出しているような端っこで、窓ガラスに手を添えた。
生温い温度が、指先から体の中心にまで入り込んでくる。正門と下駄箱を繋ぐ間には、辛うじて同じ制服だと分かる生徒が散らばっていた。
女同士だったり男同士だったりひとりだったり、男女が寄り添っていたり。様々な形で繋がる人間の頭を、見送る。
瞳に鼻に、ツンとした熱が集まった。
その理由は、痛いほど知っている。
他の誰でもない自分自身が、いちばん解っている。
ふと、背後から乱暴に扉を開けた音が届いた。振り返れば、傷んだ金色とくすんだ赤茶色に染まる髪が見える。記憶が確かなら、私の隣のクラスにいる問題児たちだ。
私に気付いた彼らは「モモカちゃんじゃん」「ひとり?帰んねえの?」「暇なら俺等とどっか行っちゃう?」「いーねえそれ」コミュニケーション能力が高いのか低いのか不明なやりとりを交わし始めた。
目まぐるしく畳み掛けられる言葉に、上手く反応ができない。こういう所が、私に友だちがいない原因なんだと思う。
「なんだよ黙りこくっちゃって……サイボーグみたい」
「もしもーし?生きてるー?」
「そりゃアイツもチェンジするわ」
「親父かお前は。言い方ゲスいっつの」
小さな嵐のよう、彼等はゲラゲラと笑って去っていく。この高校に通う生徒の特徴に〝口から出る言葉の本気度が低い〟というのも加えてよさそうだ。
結局、他人と本気で関わろうとなんかしていない。
その場限り、自分が楽しければ気持よければ、それでいい。
きちんと目を合わすこともなかったな、と反省する。会話が苦手な私なりの精一杯の誠意は、入学して1年以上経った今でも通じたことはない。
ぎゅっと、右手のひらを握りしめる。ガラスに当たった人差し指の角が、コツンと小粋な音を立てた。私の心とは正反対に、可愛らしくさり気なく。
思い出したよう、さっきの場所に視線を戻した。相変わらず、帰宅するかもしくは夜の街に浸りに行く生徒たちが、チラホラと進んでいる。
けれど今はもう、特に何も感じなかった。
有象無象に成り代わった集団に背を向ける。
階段の初めに足を降ろせば、下から担任が上がってくる所だった。
自己アピールの強い女子から、強烈な好意を寄せられている若い男。この場所ではある意味浮いた存在、爽やかで端正な顔立ちは彼の最大の武器だと言える。
その上フレンドリーで生徒想い、といった最高の評価までくっついている大人だった。
担任が私の気配に顔を上げる。そして視線が合わさり、相手の口角までもが不自然に上がった。
「さよなら。気をつけてな?」
甘い声に、鳥肌が立つ。案の定、上手く言葉が出てこなくて息を飲み込む。会釈をして、足早に通り過ぎた。
私はどうしてか、この大人が苦手だ。
初めから、ずっと、どこかが嫌だった。
強い視線をそこかしこから感じたけれど、珍しい違和感でもない。ただただ黙々と、帰路を急ぐ。
暖かいオレンジ色が、街並みにのみ込まれるよう、沈んでいった。
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