第12話
「寒くないか?暖房強める?」「大丈夫」他愛ない会話を当たり前のように交わす私たちは、きっと、壊れている。
相手も私も、どこかがきっと、破損していた。
15年前から時が止まったままの、漆黒の腕時計のように。
「…そういえば、今、あそこって何人いたんだ?」
「私入れて9…その内、男の子は6人。みんな、12歳超えてるよ。」
「………」
「でも、大丈夫。きっと、大丈夫。気にしなくていいよ。気にしちゃ、駄目だよ。みんな、ちゃんと、分かってるよ。」
少ない交通量、変わるまでの時間が長いことで有名な信号に引っ掛かかったとき、窓の外を見つめていた相手が申し訳なさそうに訊ねる。
決して私の瞳を顔を姿を視界に入れてくれない相手の肩を、右手でそっと掴んだ。
「がんばったね。偉かったね。ごめんね。全部を背負わせちゃったね。ごめんね。側に居れなくて、ごめんね。暗くて、怖くて、寒くて、痛くて。黙って見てることしか、出来なかった。ごめんね。高橋絵実の退社時間をメモして、こっそり渡すことしか、出来なかった。ごめんね。ごめん。ごめんね、しょーちゃん。」
そして、震える左手で、黄色と白色のポップなデザインで包まれた棒つきのれもんキャンディーを、相手に差し出す。
物心ついて、周りの現実を理解して、隣で運転する相手の苦しみを目の当たりした日から渡してきた、棒つきのれもんキャンディー。
私の右手を優しく退かして、キャンディーを受けとるしょーちゃんは、眉を下げて困った顔で笑った。
両親によるネグレクトにあった2歳の私。
家となった児童養護施設。
出会った数人の、様々な事情を抱える子どもたち。
悪魔のような職員。
仮面を被った職員。
軽い暴力、荒い扱いを受けた日常。
そして、
そして―――
車の中で、あられもない姿で、愛されるという屈辱を、言い表せられない暴力を受けた、男の子たち。
最初の被害者で、最大の被害者は、この男、運転席に座る相手、しょーちゃんだった。
「…かよは、悪くない。謝ることじゃない。」
「だって、しょーちゃん、いっぱい、守ってくれたのに、救ってくれたのに、私、何も出来なかった。私、知ってるよ。しょーちゃん、たくさん調べたんだね。私を巻き込まないように法律も勉強して、施設に残ったみんなが守られるように、たくさん、たくさん。資料のコピー、カバンから見えたよ。あれ、どうしたの?」
「…市立図書館で。借りてないから、履歴も残らないし。タダだし。2年前、糞みたいな映画のお陰で、児童養護施設関係の本、腐るほど入荷してたから」
「うん。しょーちゃんらしい。それで、燃やしたんでしょ?学校の焼却炉で。私が書いた高橋絵実の情報の紙も。全部ひとりでやったことにするために、いろいろ動いてたんでしょ?」
「ああ。心配すんな。もう、完璧。俺らには、昔同時期に施設にいて、今現在のクラス担任だってこと以外の繋がりはない。お前を送って家にある余計なもの処分したら、警察に行くよ。」
信号が青に変わり、車が動き始める。
計画していた殺人を実行から処理までを終えたしょーちゃんも、動き始める。
しょーちゃんは、自首をするつもりなのだ。警察に、囚われるつもりなのだ。
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